川辺のタヌキ
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  • 大阪で活動している手話通訳者。大学で芸術学部に在籍するもなぜか福祉分野へ。
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目指す場所はどうなっているんだろうか
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 晴れ。暑い暑い一日。 月齢12.6 小望月 待宵の月

 手話通訳を考えるということがこのブログのひとつのテーマでもあるわけですけれど、手話通訳から少し離れて、音声言語通訳者の現状について見てみたいと思うんですよね。これは、つまりある種、職業として確立されていて、社会的認知もされている段階にあるわけで、いわば手話通訳者や手話通訳集団が目指す場所の一例ととらえることが出来ると思います。で、私がどこまで知っているかっていうと、もうこれは本の受け売りでしかないわけで、米原万理氏やその他の数人の通訳者が書かれた本に紹介されているところから推測するということになってしまいます。
 米原氏がある本の中で書かれていることのひとつが通訳者の報酬です。米原氏の文章やその他の話、知人からの伝聞などを総合すると、大体日当で2〜5万円程度。国際会議クラスになると日当で大体12万円程度、英語の通訳などのアルバイトでも2万円程度が支払われているようです。国際会議等での通訳の上限時間は5時間なんだそうで、それを越えて通訳をするということは原則的に無いそうです。となると、単純に時間単価に換算してしまうと2万4千円/時間ということになりますが、現実にはこうはならないんですよね。通訳をするに当たっての事前調査や学習等々の時間も含めての報酬ということになっていますから、当然表面上の「5時間」以外にも膨大な時間を割いて通訳に挑んでいるわけです。ここがプロ意識とでもいうのでしょうか。
 実は私も国際会議の通訳を担当したことがあるのですが、この時に驚いたのは国際会議などにおける通訳者の「通訳文化の定着」ということなんですよね。会議がこう着状態になって開始から4時間半近くになったとき、突然英語の通訳者がマイクで「只今会議開始から4時間30分を越えました。国連の規定により後30分を越えると通訳者は退席します。」とアナウンスをしたんですよね。これは手話通訳同様音声言語通訳者も連続の通訳時間が一定時間を越えると精度が低下し、身体に悪影響が出始めることからそれを予防するための処置なんだとか。このアナウンス前、会議は完全にこう着状態で一進一退という状態だったんですよね。ところがこのアナウンスを聞いたとたんに会議がどんどん進みだし、あわててきちんと定刻どおりに終わったんですよ。
 こういったこと、手話通訳の場合はどうかというと、たとえ5時間以上はしないようにという取り決めがあったとしても、おそらくその場では手話通訳者は我慢して超過時間も通訳を続け、しかる後にしかるべきルートを通して(コーディネーターや派遣責任者)主催者にクレームをつけるという形になるでしょう。これ、結果的にどちらが効果的かというと、効果面だけを見れば前者の方が効果的なんでしょうね。ところが、手話通訳者は「そんなことをすると会議に出席している人たちが困ってしまう」と、困ってしまう原因を自分達(通訳者)にあると見てしまって拒否してしまうなんて事は出来ないんですよね。ところが音声言語通訳者達は、とてもビジネスライクに割り切って、「規定時間内で話を終われない参加者(若しくは進行役)に責任がある」ととらえるんでしょうね。こういうのも文化的な差とみなせるのではないでしょうか。
 手話通訳は生活支援的な通訳シーンが多い訳ですが、英語やその他の音声言語通訳でも最近ではそういった生活支援的側面の強い通訳というのが増えてきているんだそうです。これは、従来、日本に来て日本語が判らないので通訳を依頼するというのは大きな企業のビジネスマンや政府レベルの外交目的で来日したという人が多く、それ故、いわゆる「インテリ階層」が対象者というケースが大半で、それ故生活面での問題よりもビジネス面での問題に関わるというケースが多かったという事なんですね。ところが、ここ数年は単純労働力として出稼ぎに来日するケースが増えてきて、基本的な生活に関する知識やモノの善悪の判断が正しく出来ないなんていうケースが増えてきています。
 現実に私が関わったケースでも、日系三世で「金を手にする」為に来日していた20代の男性ですが、日本に来て同じ国から出て来た友達から車を買い(これも金を払っただけで名義変更などはされていなかったなんていうちょっと考えられないケースでしたけど)、無免許(本国では免許を持っていたそうですが)でスピード違反をして捕まったというケースや、風邪をひいて、病院に行って友達の保険証を使って治療してもらっていて見つかったとか、普通の日本人では考えられないようなケースが結構ありました。こういうのも日本の制度や風習、生活スタイルというものに対する理解や常識の欠如といった事から来る訳で、そういった部分の支援をするところから入らなければいけないなんていうケースが増えているという事です。この辺りは手話通訳へのニーズの変化とは逆の動きがあるんだなって興味深く思った事の一つです。
 そういったケースは別としても、来日する外国人の質的変化は当然ながら通訳に対するニーズの変化をもたらし、新しいニーズが生まれてきているのは事実のようです。手話通訳に関しては、これとは逆の方向で、聴覚障害者の社会進出や社会的認知、社会資源として社会に貢献するシーンの拡大などと共にニーズの変化が今後起きてくる事でしょう。では、果たして手話通訳者は今のままでそういったニーズの変化に対応して行けるのでしょうか。これ、とても大きな疑問なんですよね。こういった変化に対応するには、手話通訳者自身の質的向上や意識の変革が必要でしょうし、手話の技術以外の知識面での研鑽も求められてくる訳で、通訳技術といった事以前の知識量がポイントになってくるのじゃないでしょうか。こういった事を想定してこれからの通訳者の養成や自分自身の研鑽を始められる通訳者はどれくらいいるんでしょうね。

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愚者の行進
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 晴れ。とても暖かな一日。 月齢11.6 十三夜 弓張月

 なみぞうさん、コメントありがとうございました。コメントに対する意見を書かせて頂きました。ご覧いただければ幸いです。
 kazさん、掲示板へのご投稿ありがとうございます。こちらもそれに対する私の考えを掲示板に書かせて頂いていますのでご覧ください。

 龍児さんのところに、「賢くて機敏な慈悲深い独裁者」と「馬鹿で鈍重な民主主義」という究極の選択のような話を書いてしまった訳ですけれど、これは私の一貫した思いでもあるんですよね。
 つまり、問題をよくよく理解していて解決方法を十分に知っている独裁者がそれに従って粛々と解決して行くという事に内在する危険というのを考えなければいけないんじゃないかという事なんですよね。
 緊急を要する危機的状況からの脱却という事を考えると、解決方法を熟知した独裁者による采配というのはとても効率的で効果的ではありますけど、それはその人がいる時の話なんですよね。その人が常に慈悲深い正義の人だったとしても、永遠にその人が指導者として存在し続けるなんて事はあり得ない話で、そうであればあとに残ったものが同じように問題に対処出来て他の問題にも取り組む事の出来るようなシステムを構築して行くべきなんじゃないかと思う訳です。そういう意味ではマニュアル化、システム化というのはとても意味のある事なんだと思っています。
 これは最大公約数を狙って進む事を意味している訳で、ピンポイントを突く特殊な存在としての独裁システムよりも効率は悪いでしょうし、効果も薄いかも知れません。それでも、組織としての存続を考えた時にはこういった「頭の取り換えのきくシステム」の方が健全なんだと思うんですよね。
 私がサークル連絡会のブロックの会長をしていた時によく言っていた事が「もしも明日僕がいなくなってもそれぞれが自分の判断で対処出来る体制作りをしよう」というモノでした。これは、「誰もが会長の出来るシステムを作ろう」という事の言い換えだった訳で、それぞれの役職の担うべき職掌の把握と整理や「そもそも何が大切なのか」といった事のディスカッションを何度となくやっていました。ま、現実には「誰が会長をやっても…」というのはなかなか難しい訳ですけれど、誰もが会長を支えて行ける態勢にはなっているんじゃないかと思っています(と言う私は既に会長職を辞して久しい訳ですが)。
 賢い指導者は大歓迎ですし、指導者はすべからく賢い(色々な意味で)人であって欲しいと思っています。ですけれど、絶えず賢い指導者が現れるのかというと、それもなかなか難しい訳で、そうであれば、平均的な人が指導者になっても平均的なレベルで(つまりそつの無い程度に)処理が出来る体制というのは確保されるべきなんだと思うんですよね。ま、そういう意味では、ISOなんかの手法は意味のあるモノだと思っています。

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巨星逝く
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 晴れ。月齢9.6 十一夜 

 世界的なチェリストでクラシック界の重鎮、ロストロポービチ氏が亡くなられました。享年80歳。ガンだったんだそうです。氏は、エリツィン氏とも仲が良く、91年のクーデター未遂事件の時にはロシア共和国庁舎に一緒に立てこもった経験もあるんだそうです。そのエリツィン氏が逝って4日後、モスクワの病院で最後を迎えたそうです。親日家で小沢征爾氏とも親しかったそうで、阪神淡路大震災の10年目の記念式典を神戸市で催したほどだったとか。高校時代、彼の音楽性に心酔していた後輩がいました。彼はその後プロのトロンボーン奏者になりましたが、今頃、落ち込んでいる事でしょうね。
 ご冥福をお祈りいたします。

 手話通訳派遣事業のビジネスモデル化を考えるには、収入源となるもの(事業)が必要なんですよね。手話通訳派遣事業そのものは事業委託費の中で経費を差し引く事で最低限必要な経費の確保は可能でしょう。でも、そもそも事業そのものがそれほど規模の大きなものではない訳で、手話通訳派遣事業だけで経営的に成り立つなんて事は考えられないんですよね。現在の手話通訳派遣協会の収支を見ても、約700万円という程度の規模でしかない訳で、これでは到底専門職員を雇い入れるなんて事は不可能なんですよね。それ以前の事として、現状で通訳協会の利益率がどの程度を見込んでいて、実際のところ、経営的にはどういう状況なのかという点をもう少し見つめる必要があるんだと思うんですよね。例えば、700万の規模の事業をしていたとして、10%程度を運営費として使えるとして、70万円にしかならない訳ですよね。この程度で組織運営ができるなんて私も思っていません。逆算してどの程度あれば組織運営が可能なのかっていう事なんですよね。どうやって収益を上げるのかというテント、どれだけの収益を確保すれば運営出来るのかという点についての考察をしっかりやらなければダメだっていう事ですね。
 おそらく、総合的な福祉事業を展開する組織として運営して行く事で全体を支え合うシステムにするという形が一番良いんでしょうし、それに近い形態を様々な事業所が模索しているんだと思うんですよね。
 さて、そういった形態への移行を本当に通訳協会が決意し、その為のアクションを起こす事が出来るのか、それにはまずは今の運営理事に何が必要なのか、何の為の組織なのかという事をよくよく見つめ直してもらわないといけないんじゃないかと思います。

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最終責任の所在
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 晴れ。 月齢8.6 十日月

 kazさんから掲示板の方にご意見を頂きました。併せて、それに対する私のコメントも掲示板の方にアップしています。興味のある方はご覧ください。
 そのkazさんのご意見を見ながら考えた事なんですけれど、「社会保障の実施者は行政機関でなければいけないのか」というのが、つまりは公的保障の意味に繋がってくるのではないかという事なんですよね。
 掲示板の方でも書きましたけど、「公的保障」だから全てを行政が直営でしなければいけないのかというと、そんな事はないと思うんですよね。例えば、現在でも多くの市町村でゴミの収集等は既に民間業者へ委託されている訳ですけれど、だからといってこれを行政が放棄したという事かと言うとそうではないですよね。あくまでも、行政による市民サービスとして存在するものです。これは、行政が手配し、費用を負担しているという点からも明らかだと思います。また、介護保健という形に移行した高齢者福祉も社会保障として行政が責任を持っている事には変わりありません。もっと細かいところを見ると、私の住んでいる市の市役所の総合受け付けは職員が受け持っているのではなく、業務委託を出した先(民間企業)が担当しています。だからといって総合受け付けを役所が切り捨てたのかというと、これもそうではありません。不要であれば人を配置する事さえしないでしょうから。
 これは、「職員がする必要がない業務は民間にアウトソーシングしてしまう事でスリム化しよう」という行政内部のリストラクチャー手法の一つで、一般企業でもこういったリストラは多く見られるものです。
 現に多くの企業が派遣や請負という形で直接雇用率を減らし、人件費の削減をしていますけど、だからといってそこで出来た製品や商品、サービスがその企業の責任範囲外になるかというとそうではなく、従来通りその企業の責任範囲内ですからね。
 ポイントとなるのは「最終的な責任は何処が持つのか」という点だと思うんですよね。

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歪みは根本から無くさなきゃね
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 晴れ。 月齢5.6 七日月 弓張月

 kazさんからこのブログの4月22日のエントリーの内容に関わったご質問が掲示板の方にありました。で、早速掲示板の方に私の考えを書かせて頂いていますので、興味のある方はご覧ください。

 それにしても、市長選、第二位の候補に対してケタ違いの得票、その差約7倍という大差をつけて当選だったんだそうです。ヤバいなぁ〜。今まで以上にワンマンになるのかな?
 注目の長崎市の市長選挙、結果は前市長の横尾氏の娘婿氏ではなく、追加立候補の際に出馬したもう一人の候補、田上氏に決まりました。落選が決まった際の横尾氏のご令嬢は涙ながらに「父のしてきた事はその程度の存在でしたか?」「残念です。このような仕打ちを受けるとは…」と訴えていましたけど、それは筋違いだと思いますね。横を氏を評価し、慕う人の多さはその無効票となった横尾氏の名前の書かれた票の多さが物語っている訳で、そうでなければ14,000票もの横尾氏の名前の書かれた票なんて存在する訳ないですよね。
 また、確かに、娘婿氏は落選したでしょうか、政策上の継承者だったのかというと、私は今回当選した田上氏の方がより政策的な意味での継承者ではないのかと思いますね。そういう意味でも、長崎市民は実質的な継承者を選び、横尾氏を評価したのではないかと思います。結果も含めて、実は娘婿氏の立候補というのはあまり意味のあるモノではなかったのではないかと思うんですよね。いや、むしろ、厳しい見方をすると、最後に汚点を残してしまったようにも感じますね。

 昨日の手話通訳者と通訳協会の業務請負の話の続きになりますけど、考えれば考えるほど問題が出てくるって感じなんですよね。
 通訳者に配られた「ハンドブック」に、「当協会と会員との契約は委任契約(請負契約)である。」と書かれています。そこで、総会の際に「通訳者と協会の契約関係は『業務請負』である事に相違はないのか?」と確認したところ、「業務請負である」との返事だったんですよね。その上で、「契約書を交わしていないがどうなっているのか?」との問い掛けに対して「後日用意する」との返事だった訳で、「業務請負契約書」が後日手元に届く事になるようです。ところで、私、人材派遣会社にいた事があるんですよね。で、その頃担当していたのが「業務請負の企画推進」なんですよ。その頃から比べると、業務請負や人材派遣に関する法律もかなり様変わりしてはいますけど、それでも根本の部分ってあまり変わってないんですよね。で、そう思ってみてみると、前に指摘したような内容に問題ありという気がする訳ですけれど、それ以外にも、報酬の支払いに関しても、業務請負では時間給支払いは出来ないんですよね。これ、雇用関係ではない訳ですから。業務の委託をされている訳で、その業務に対して幾ら幾らという金額が支払われる事になります。つまりね、本来の通訳報酬は「時間幾ら」で支払われるはずが、それは認められない訳で、「1件幾ら」という支払い方法でなければいけない訳なんですよね。この辺り、おそらくこれを決めた理事さん達は判らなかったんでしょうけど、歪みを直そうとして余計に大きな歪みを生み出してしまったという事なんですよね。
 こういった歪みを根源的に解消するには、収益事業を展開して、事務局員を採用し、会計帳簿の確認を税理士に任せ、必要な税金を支払う事が出来る状態にしてしまう方が綺麗に整理出来るんですよね。
 そういう意味でも、本来あるべき姿にするには、積極的に収益事業を展開して運営母体を強化し、組織を確立して行かなきゃいけないと思うんですよね。それには、今の体制では難しいんじゃないかなって気がしています。

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あらあら
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 今日は統一地方選挙の第二段で、私の住んでいる所でも市議会・市長選挙があった訳なんですよね。朝から投票に行ってきたんですけど、投票率は結局46.93%と、前回から1.19ポイント増えてるとは言え、半数を切る低い投票率なんですよね。酷いものですね。
 で、どうやら現職市長の当選確実がでたようです(21:57現在)。と、いう事は、この街に新しい風は吹かなかったという事で、現職市長の続けてきた福祉後退のワンマン市政が続くという事ですね。この人ね、いってる事はカッコいいんだけども、中身が無茶苦茶なんだよね。ああ、この町の福祉はどんどんダメになって行くんだ…。
 「情報公開」にしても、どんどん進めるといっている片方で、議会の発言者名を公表しないようにしたりと実は逆の事をやっていたりするんですよね。4期目という事で、やりたい放題になるんじゃないでしょうか。それを止めるのは誰なんでしょうか。

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これって、大丈夫?
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 雨時々曇。 月齢4.6 六日月 哉生明

 朝からとても暖かい一日。お昼過ぎには暑いくらいの状態。

 昨日は朝から通訳協会の総会と言う事で、仕事も休んで行ってきました。で、結果をまとめて評すると、旧態依然とした運営体制でどれだけ変わる事が出来るのか、不安極まりないという状態でした。というかね、やっぱり主婦ばかりが集まってやっててもダメなんですよね。新代表も結局は元代表が受け継ぐという形で、今回の派遣制度の返還だとか、NPO法人の解散を方向として決めた人ですから、何ら進歩は期待出来ないでしょうね。現職理事が強いというのは地方選挙と同じで、改革派は辛うじて一人を理事に押し込んだという状態です。
 手話通訳者の派遣だけではなく、障害福祉質の専従の設置通訳業務の受託もし、障害福祉室以外の各行政部門や一般企業への派遣等の総額で約700万円もの予算を動かす団体になっている訳で、これだけの団体(見方を変えると「この程度でしかない団体」でもあるんですけど)にしてはあまりにも脆弱な運営体制で、これからの事にとても大きな心配を感じます。
 NPO法人の解散については財産の処分等々の問題でいったんは止めにしたという説明がありましたけど、どうもその理事は解散ありきという説明をしていて、納得が行かないものですね。700万円もの予算を、法人解散してその後任意団体で動かそうという事なんでしょうか。どうしてもっと前向きに考えて、収益事業を展開して本来の非営利事業を支える体制を整えようという考えにならないんでしょうかね。この辺りは、ここ数日のここと掲示板のエントリーを見て頂くとお判りかも知れませんね。
 今年から、障害福祉室にコーディネーターが非常勤で採用された訳ですが、これにしても、協会側が「事業を返したい」と言った事が発端で起きた事です。通訳者の派遣等にかかる事務処理やコーディネート業務が負担になっていて大変だという事で返還するという話になった訳ですけど、これも、これにかかるコストを負担してくれという話に持って行くべきだったんですよね。結果として、コーディネータを非常勤で雇うだけの費用を捻出してきたという事は、この費用を委託費にする事も出来たはずなんですよね。そういった戦略的な問題もここには存在しています。
 少し気になっているのは、総会の際に説明で出て来た言葉の一つに「業務請負」という言葉があるんですよね。説明によると、協会と通訳者個々人が業務請負契約をするという話だったんですけれど、今回のコーディネータ採用により指示系統は障害福祉室(市役所)からという事で、この辺り、法律的にはどうなんだろうかって気になっています。
 と、気にしだすと、そもそも手話通訳業務自体が役所から通訳協会への委託で、これ、「委託契約」なのか、「請負契約」なのかといった事も気になったり、どちらにしても、指示形態が通訳協会ではなく、障害福祉室から直接指示されるという事になるとこれ、違法である可能性が出てくるんじゃないかって気になってきちゃうんですよね。さて、こういう法律関係に強いお方、どなたかご教授願えませんでしょうか?

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抵抗勢力
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 晴時々曇。 月齢2.6 四日月 眉月

 長崎市の伊藤市長が銃撃により亡くなった事を受けて、急遽伊藤氏の娘婿の横尾氏が立候補。「亡き伊藤氏の遺志を継いで政策を実現したい」という事ですけど、娘婿だから遺志を継ぐ(告げる)って、それはどうなんだろうか。「弔い合戦」なんて焚きつけるような事を言っているメディアもあるようですけど、それもなんだか違和感ありませんか?
 久間防衛大臣は伊藤氏が亡くなられて間もない時期のインタビューで、「伊藤氏がいなくなると、このままでは共産党が勝ってしまう」と、あからさまな嫌悪感を示し、制度を変えなければいけないなんてことを言っていましたけど、これもどうなんでしょうね。つまりは共産党に対する当てこすりとも取られかねない(いや、事実そういう意味なんでしょうけれど)発言は大臣という立場ではどうなんでしょうね。
 地方自治体の首長選挙にこれほどまでに私怨を持ち込むというのはどうなんでしょうか。「政治は人情」なんていう言い方をする政治家もいますし、事実、人の情を忘れて政(まつりごと)は出来ないでしょうけれど、それとこれとは少し違うんじゃないかって気がするんですけどね。
 こういう事は前代未聞という事で、長崎市側も対応が大変みたいです。横尾氏以外にも新しく立候補する人も出て来たようですが、故伊藤氏の公約が掲載されたままの選挙公報が配布されてしまったそうですが、これ、市の条例で「公報は投開票日の前日までに配る事」という決まりがあって、伊藤前市長の分を取り外したり、新しい立候補者の分を刷り直していては間に合わないという事からだったそうです。物理的に無理があるという事で、この部分は見直しが必要だという事なんでしょうね。
 それにしても、行政に対する不満が原因だとされていますが、それで個人が殺されるなんていうのは理不尽この上ないことです。犯人はどうやら公共工事の受注当の問題で締め出しをくらうなど行政から不利益を被ったという事を言っているようですが、暴力団を締め出すのは昨今の流れ。それを恨むというのも逆恨みという気がしますね。伊藤氏の前の市長も銃撃を受けているという事を考えると、行政に対する悪らつな抵抗勢力の存在を感じます。

 「抵抗勢力」という言葉、小泉前首相が使って、一躍流行語になった言葉ですけれど、世の中には何か新しい方向性を示す人には必ず逆の力が働きます。水や空気の抵抗のようにまとわりついてどうしようもないものがこれら抵抗勢力ということになるわけですけれど、こういう力に打ち勝つには、「切り裂く」という方法と、なだめすかすという方法とがあるんでしょうね。そのどちらが良いのかは抵抗の種類や程度にもよるんでしょうね。
 一番良いのは懐柔策なんでしょうけれど、それには何らかの条件の提示か、こちらの主張している意味を正確に把握し、理解してもらうかということになりますが、後者は相手にそれなりの知識と見識がなければいけないわけで、相手次第ということになりますね。条件をつけて妥協するっていうのも何だかねぇ・・・・。
 果てさて、実は、明日、手話通訳協会の総会でして、いくつかそこで爆弾を落とそうと思っているんですよね。無茶な事を言うのではなく、正当な話なんですけれども。旧態依然とした思考に捕らわれた変われない人達というのは私にとっては抵抗勢力なんですけれど、相手から見れば私の方が訳の判らない無理難題を押し付けてくる抵抗勢力という事になるのかも知れませんね。
 体制を正しく読取り、状況を正確に判断して次の手を打つ事がより良い制度の開発に繋がると思っていますが、それを正確に理解して貰うには、私の知っている事と同じ事を理解し、思考の順序を辿って理解して貰う事が必要なんですよね。それには、あまりにも理解の範囲(深さ)に違いがあり過ぎるんですよね。

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「公平・不公平」とはなんだろうか
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 晴。 月齢1.6 

 統一地方選挙、第二段の投票日がまもなくに迫ってきていますネ。私の住んでいる所でも今回は市長候補が4人出ているんですよね。前回、前々回の市長選挙が信任投票という形でしたので、実質的には実に12年ぶりの選挙という感じです。という事で、各候補の主張、公約をつらつらと眺めていたんですけど、気になる一言が書かれていたんですよね。それは、某候補の「目標」として書かれていたものです。その気になった言葉とは、「税の不公平な配分を是正します」というものなんですよね。
 当該候補は、何故この市の借金が増えるのかという理由の一つとして、「扶助費は弱者救済の名の下、税金を払わずに貰う人が増えている(87億円増加)」というものを上げています。これ、まるで、弱者がお荷物だといっているのと同じじゃないでしょうか。
 「税の不公平な配分云々」はこの理由と関連している訳ですけど、つまり、現状の扶助費の使い方が不公平だといっているんだと思うんですよね。じゃ、「公平な配分」とはどういった状況をイメージしているのでしょうか。これを読んだ限りでは「納税額に応じた配分」をイメージしているように感じるんですよね。で、それは果たして税金の使用用途として公平なんでしょうか。
 そもそも、税の再配分はそれにより格差の是正や再配分後の社会参加を出来るだけ公平な状態へ矯正する為に配分されるべきものだと思うんですよね。社会保障や社会福祉に使われる費用は社会運営(つまり地方自治)にかかるコストとして存在しているものだと思っています。それをまるで無駄な費用であるかのような表現を使うこの人って、きっと幸せで恵まれた人なんでしょうね。こういう弱者が何故弱者なのか、どういう思いでいてるのかといった事を想像し、共感する事の出来ない人が行政をコントロールするというのはちょっと怖いなぁ。
 確かに、扶助費をはじめとした社会保障費が増えている事(これは「必要だから増えている」んだと捉えていますけど)、税収が減少している事は事実ですが、それなら、如何に収入(税収だけが財源ではないはずなんですよね)を増やすのかを考えるのが経営戦略なんじゃないかと思うんですけどね。もっと収益事業を展開しても良いんじゃないでしょうか。そういう努力って、どうして行政はしようとしないんでしょうね(って、他の地域の行政はそういう事してる所もありますよね)。
 どうしてこれほどまでに社会保障や福祉がお荷物として受け止められてしまっているのでしょうか。一つには、コストがかかるという事、その割に(資本主義的尺度で見ると)それに見合う「モノ」が返ってこない(コストパフォーマンスが低い)事、この辺りがそういう方向性に傾いていく原因なのかも知れません。でもね、これは費用のかけ方に問題があるのであって、当事者達の責任ではないと思うんですけども。
 大阪のプロップ・ステーション等のように障害者を人的社会資源として有効活用出来るようにして納税者にしようという動きはコストのかけ方に対して一つの方向性を示していると思っています。障害者自立支援法にしても、障害当事者にコストを強いるのであれば、その前に障害者が収入を得る事の出来る環境整備や能力開発といった事を進めていくべきだったんですよね。収入が確保出来ない状態で支払いだけしろって言われたって、出来る訳ないというのは誰でも解る事ですよね。この辺りが「自立をめざす」為の制度としては全く「なってない」という事になりますね。

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ビジネスモデルとしての手話通訳集団に必要なもの
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 雨時々曇。 月齢0.6 既朔

 昨日の訪問者数が劇的に増えてるんですけれど、これは手話通訳ネタに食いついてきたっていう事ですかね。形態として、このブログで問題点の提示や思っている事を言っておいて、それに関する詳細や議論については掲示板の方でするって言う感じの形になっている訳で、掲示板の方にはもっと具体的な問題点やちょっとした爆弾発言もあったりして、むしろそれを見てこっちに来た人もいるのかな?
 という事で、ここに書かれている事で疑問を持たれた方、コメントへのご投稿でも結構ですが、それに関するレスは掲示板の方にさせて頂きますのでよろしくお願いします。

 手話通訳者の派遣事業を手話通訳者集団等が実施するとなると、当然ですが、そこには経営感覚というのが求められるようになりますし、事業運営の能力というものも求められることになります。こういうのはつまりは一般企業の管理職と同じ能力が求められているという事になる訳で、ある意味、そこに専門特化した事務局がいればそれで事足りるのかもしれません。そうするにはその専門職を採用(雇用)するための予算が必要ということになってきますけど。それによって、事業が拡大していけたり、スムーズに運営できるようになるのであれば、いっそのこと規模拡大してそうするべきなんじゃないかと思っているんですよね。
 手話通訳派遣はそれほど収益性の高い事業ではないというのがホントのところだと思っています(現状ではね)。そうならb、それを支える収益性の高い事業を運営し、それで得られた利益で手話通訳派遣事業を支えていくしかないということになります。
この話、龍児さんのところでされている「福祉事業にはうまみがない」という話と繋がってくるんですけど、手話通訳も現状では福祉事業であり、一般の音声言語通訳と同等の市場を持っている訳ではないというところにポイントがあるんですよね。報酬を行政がコントロールしている福祉事業の一環としてとらえられている限り、やはり限界はそこにあるということになってくる訳です。
 PC通訳の派遣が収益性が高そうだというのも、支払いをする側にその内容が見え(理解出来)、聴こえる人にとっても便利なツールとして理解することが出来るために、有益性が認められやすいということもあるのではないかと思います。事実、PC通訳者の集団に企業側が報酬として10万円を支払った際に「こんな安い金額で良いんですか?」と念を押されたなんてケースを幾つも耳にしています。これこそが、そのコストパフォーマンスと有益性が正当に評価された結果と言えるのだろうと思っています。
 そういう意味では、手話通訳派遣と要約筆記やPC通訳の派遣を一つの団体で取り仕切り、連携させる事で、手話通訳についての評価も正当な評価へと引き上げていく事が出来るのではないか、そして、手話通訳者への評価の代償としての報酬の引き上げも可能になっていくのではないかと思っています(ただし、手話通訳はPC通訳ほど聴こえる人達へのアピール度というのは高くはないのでしょうけれど)。

 管理システムの構築とは別に、現場の手話通訳者の質の向上も大きなポイントになるでしょう。これも、はっきり言って他の音声言語通訳者達のそれとは比べ物にならない段階ではないかと思うんですよね(当然ですが、音声言語通訳者と比べても引けを取らないプロ意識の手話通訳者も沢山いますけど)。通訳者が担う業務上のポジションがどれだけ企業の利益や個人の財産、生命に影響を及ぼすのかという事についてもっと自覚を持って通訳に挑むという姿勢を養わなければいけないでしょうね。こういった認識は、「プロ意識」になっていく元で、プロ意識を持つ事が出発だと思います。
 技術的な面に関しても、メンテナンスが十分に出来て、より高度な通訳技術(手話に限らず)を身に付ける事が出来るシステムを作る必要があるでしょうし、OJTを含めて現場でのチェックと指導の体制も必要になるでしょうね。
 上質で、信頼の高い通訳体制を整えるには、ビジネスとしての手話通訳派遣体制をしっかりとしたものとして構築する事が必要だと思っていますが、果たして、そういう意識が全体に広まるかどうかが大きな問題ですね。

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月へ
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 晴。 月齢29 新月

 なんと現職長崎市長が銃撃にあい重体、現在(4月16日 21:52)心肺停止状態で手術中という事です。犯人はその場で取り押さえられ現行犯逮捕、山口組系の暴力団の会長代行だそうですが、報道ステーションに犯人からの市長糾弾の手紙が届いているんだとか。伊藤氏の前の市長も右翼の男性に銃撃されているという辺り、長崎って怖いところ? と全国的に怖い所だと思われている大阪の人間は思ってしまう訳ですけれど…(大阪でそんな事は無いからね)。この市長が初当選した年の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典では、山崎栄子さんがろう者として初めて被爆者代表として平和への誓いを手話で発表しています。

 JAXAが月探査衛星「セレーネ」の愛称を募集しています。締切りは5月11日までという事ですが、採用された名称を応募された人の中から抽選で2名一組を種子島宇宙センターでのセレーネの打ち上げに招待してもらえるんだそうです。セレーネは大型の探査衛星で、しかも月までの打ち上げという事で、H-IIAシリーズの中でも最大の「H-IIA204」というタイプのものが使われます。
 このセレーネ、前にも実は募集をしていたものがあって、「月に願いを!」というキャンペーンでメッセージと名前を募集していました。これらは衛星にプレートとして載せられ、月に運ばれる事になっています。実は私も応募したんですよね。だから、メッセージと名前が月に送られる事になるんですよね。
 打ち上げは今年の夏が予定されています。成功すればいいですね。

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手話通訳派遣団体の抱える問題点
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 雨。朝からずっと雨。 月齢28 提月 つきこもり

 手話通訳派遣を、今後、ビジネスとして展開し、収益を上げる為には、解決しなければいけない課題がたくさんあります。それらを大きく分けると、構造的問題と、体質的問題と考えられるのではないでしょうか。
 構造的問題は、現状ではまだまだ行政直営の「行政サービス」であるという事。これにより、通訳者集団の集団としての機能は制限され、運営や管理などの能力を育てることは出来ない訳で(不要だから)当然ながら独立運営が出来る状態ではないところが大半なんですよね。私の地元のような通訳者集団による独立運営(NPO法人)で行政からの委託事業としての実施という形態に、多くの人が難色を示したり、あからさまな不快感を示したりなんていうことがあるのですが、大阪府の手話通訳派遣事業や東京都のそれも私の地元と同じ行政からの委託を受けた通訳者を含む団体による事業運営という形をとっています。でも、これらに異議を唱えないのはどうしてなんでしょうね。
 ここでも何度か言っている事ですが、行政直営の派遣制度とは違って、私の地元のような方式には柔軟性があります。たとえば、行政直営では派遣できないようなケースに対しても(例えば企業の内部研修等への通訳派遣)対応することが出来るわけで(当然、費用は企業に請求しますが)、より効果的で効率的なシステムだと思っています。
 行政直営で派遣している地域ではこういった派遣については全く対処しきれずに、例えば、大阪だとろうあ会館を紹介するとか、通訳者を個人的に紹介するといった形になってしまいますが、私の地元のような方式だとそのまま同じ窓口で依頼を受けて対応できるわけで、利用者側の煩雑さも減るということになります。
 自立支援法施行後(というか、介護保険法と言った方が良いのかも知れませんが)の福祉の流れは、行政直営から民間サービス提供業者等への移行という形になっています。幸か不幸か、手話通訳制度については現状では手がつけられなかったわけですが、そう遠くない将来、手話通訳派遣制度(というか、聴覚障害者福祉)に対しても見直し、民間への移行という形がとられることになるでしょう。そうなった時に直ちに対応できる地域はどれくらいあるのでしょうか。
 そういった意味でも、行政から独立した組織による通訳者の派遣システムの構築は大切なのではないかと思うんですよね。

 体質的問題は、通訳者自身の意識に関る問題で、まだまだボランティア意識から抜けきれていないということに起因しているように思います。「所詮ボランティアだから」といった意識は当然の事ながら態度として現れます。それは当然ですが、対峙した相手(聴こえない人にも聴こえる人にも)伝わってしまいます。そうなると、現場のコミニュケーション環境を構築するのは難しくなりますし、信頼関係を築く事も難しくなります。本当に通訳者の地位向上や手話通訳の食用としての確立をめざすのであれば、「仕事として従事している」という意識としてのプロ意識というものが必要だと思うんですよね。何を求められ、何をするべき立場にあり、それにはどういった技術や知識が必要で、どういう対処方法が求められているのかを考え、作り出す能力というのが必要なんだと思うんですよね。ところが、今の通訳者の多くは「ボランティアした」「社会に役に立った」「いいことをした」という程度のレベルで止まってしまっていないでしょうか。これこそが意識の欠落で、欠落しても続けられるという体質に問題があるのではないかと思っているんですよね。

 では、こういった体質改善をどうすれば出来るのか。これが大きな問題なんですよね。古い世代の人達にお引き取り頂かない限りそう出来ないというのでは困りものなんですけどね。

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親って……
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 晴。昨日に続いてポカポカ陽気の一日。 月齢27 二十八夜 鎮静の月

 来週日曜日は統一地方選挙の第二段で、我が市では市長・市議会議員選挙です。どうやら我が市では市長選挙に4名の候補が立候補していて、そのうち一人は女性候補のようです。前回の選挙では現職市長に対して対立候補を立てる事さえ出来ない状態で、信任投票という形になってしまい、その結果、図書館の規模縮小(その代わりに中央図書館を設置したと言っていますが)、公民館の廃止をはじめとした様々な結果を生んでしまいました。現市長は「枚方テーゼ」を嫌っている人で、つまりは市民を自分の考えに従う「考えない人」にしたいんでしょうね。市民運動の盛んな地域性を破壊しようとしているとしか言えませんけど、果たして選挙の結果はどうなる事やら。

 産婦人科学会が死後生殖を禁止する事を決定、体外受精用に採取し、保存された生死を本人が死亡したら廃棄する事として学会の指針に盛り込む事になりました。
 この決定に先立ち、死後生殖の禁止に対して抗議するという意味で長野県の某クリニックの医院長が当該クリニックが実施した死後生殖の例を2例発表、また、子宮のない女性に代わって実母が「孫」を代理出産する事例(結果は失敗に終わっている)の報告もしたそうです。
 数日前にはアメリカで代理出産をした向井亜紀氏の出生届の不受理を最高裁が決定、米国籍の子どもとして育てていくと発表しています(実際はこれに紛れて前述のクリニックが便乗発表したといった感じですけれど)。本筋から外れてしまいますけど、この夫婦、「高田夫妻」と呼ばれず、「向井夫妻」と呼ばれてしまう辺り、高田氏のポジションが窺われると言うか、関係性がはっきりしてますよね。
 向井氏は、代理出産を決めた際には「高田の優秀な遺伝子を残す為」なんていう様な事を言っていた訳ですけど、この「向井夫妻」と呼ばれている様子からもその真偽の程が疑われるような気がします。「優秀な遺伝子」。私はこれにも違和感を感じてたんですよね。じゃ、優秀じゃない遺伝子だったらそうしてなかったんでしょうか? わざわざ「遺伝子」という言葉を引き出した理由は何処にあったのでしょうか。
 「代理出産」に対して、私は反対の立場です。これには色々な意味があるのですけど、一つには、この「借り腹」行為によって、女性を「子どもを産む機械」(どこやらの厚生労働大臣みたいですけど)にしてしまう怖さ。自分が産めないから、それでも自分の子どもが欲しいからといって、その行為を他人に委託してしまうというのはどうなんでしょうか。また、命の大切さを訴えながら、出産という人命に関わるリスクを負う行為を人に押し付ける(お金を出してして貰うというのは押し付けにも見えます)というのは矛盾していないでしょうか。
 次に、生命科学全体に言える大きな課題ですが、「人は生死に何処まで関わって良いのか」という事なんですよね。私は原則的に生死に直接関わる部分には手を触れてはいけないと思っています。例えば、延命治療に関しても、意味のない延命(それが意味のないものかどうかという判断はとても難しいものですが)はするべきではないと思いますし、「尊厳死」を訴える人達の「人としての死」というのもよく理解出来るものです。今回の件はそれとは逆の位置にあるものですが、基本的に同じ事が言えると思うんですよね。つまり、自然に逆らい過ぎていないかという事です。
 「何処からが」というボーダーっていうのは難しい問題なんでしょうけれど、運命を受け入れるというのも大切な事なんじゃないかと思うんですよね。
 彼女の言い分って、ころころと変わっている気がするんですよね。で、結局のところ、どう思っているのかよく掴めない感じなんですよね。実は彼女自身もよく解っていないのかも知れませんけど。
 彼女は、目的とするところの高田氏の遺伝子を持った子どもを手に入れた訳ですけど、それでも戸籍に拘るのはどうしてなんでしょうか。向井氏自身のブログを見ていても、言っている事に統一性が感じられないんですよね。例えば、代理出産をすると決めた時に、「「絶対に、約束違反・ルール違反をせずに真っ向勝負をしよう。将来、事の経緯をすべて子供に話して聞かせなくてはならないのだから」と、約束違反やルール違反をしないといっていますけど、戸籍に関してはルールを無視してごり押しをしようとしていた訳で、これで「ルール違反はしない」と言えるのでしょうか。また、「アメリカで合法なんだからどうして日本ではダメなんだ?」という論法も、あまりにも無茶苦茶ですね。こういう外圧を使ってごり押しをしようというのも自分勝手としか思えません。そもそもそれが通らない事は判っていて代理出産に踏み切った訳ですから。
 それと、「民法772条問題」なんて言うのも持ち出してきているようですけど、代理出産の問題には直接関係ない訳で、論旨のすり替えに近いものがありますし、「何が言いたいんだろ? 」って思っちゃいますね。
 向井氏は「子の福祉」という言葉をしきりに使っていますけど、こうなる事が予想される中で代理出産という無理やりとも言える方法で生を与えておいて、生まれたら(判っていた結果に対して)理不尽だと言い立てるのはいかがなものでしょうか。親として、子の福祉を考えているのなら、法的問題点を洗い出した上で、問題の無い方法を選ぶのが親としての子どもへの福祉ではないのかと思いますけども。
 生命科学が進歩すればするほど、こういう問題は拡大するんでしょうね。SFの世界では工場の培養液の中で育てられる子どもなんて言うのもよく出て来ますね。こういうのも理論的にはそう難しい事ではない訳で、近い将来には技術的にも可能になるんでしょうね。でもね、それは人が踏み込んではいけない「神の領域」なんじゃないかと思うんですよね(と、キリスト教徒では無い私が言うのもヘンかも知れませんけど)。
 子ども、私も嫌いじゃないですよ。でもね、子どものいないというのも運命なのかも知れないと、子どものいない私は思っているんですよね(と、これまた運命論者ではない私が言うのもおかしな事かも知れませんが)。

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福祉事業がビジネスとして成熟しない訳
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 晴。 月齢26 鎮静の月 下弦後の三日月

 今日は少し暑いくらいポカポカした陽気の一日でした。もうワイシャツだけで歩いてる人が何人もいましたよ。桜ももう終わりつつあるようで、それに代わるようにツツジが咲き始めています。田んぼはレンゲも咲き始めてますね。

 ある人の掲示板で「福祉事業がどうしてビジネスとしておいしくないのか?」という事を書いておられました。ま、そこにもコメントはしてあるんですけれども、福祉ビジネスというか、介護事業や自立支援方に関る障害者サービスが結局のところ政府による統制経済的な状況に置かれているからだと思うんですよね。だってさ、支払う人(政府)が支払い金額(予算)を決めているのが現在の福祉事業の実態で、それもどんどん引き締めていっている訳だから儲かりようはないと思うんですよね。毎回の見直し毎にどんどん報酬は引き下げられている訳で、これでは事業所もいくら努力して切り詰めてもきりがないという事になってしまいます。こうなると薄利多売で利益を上げるか、あくどい事をして利ざやを稼ぐかという事になってくる訳で、そうなるとどうにも工業的手法で回転を良くしてこなせる量を増やすという事になる訳なんですよね。工業的な大量生産手法は画一的なものには有効ですけど、本来が一人一人違った環境、違った身体の状態、違った思いを持っている「人間」を相手にするサービスで、こういった手法はあまり効果的に(「効率的に」ではなく)機能しないと思うんですよね。ま、人を人とも思っていないような詐欺まがい商法などはトークマニュアルやフローチャートに沿って話を展開して自分の手中に引きずり込んで餌食にしてしまう訳で、こういう時には工業的手法は効率的に機能するんでしょうけれども。
 対人支援業務をマニュアル化することは出来ないと言われる所以はこの辺りにあって、同じ事象でも、人によって状況が違い、同じ状況でも育成暦やその人の環境やニーズの違いによって回答は変わる訳で(同じ人でもタイミングが違えば変わってくる場合もある訳で)マニュアル化することなんて不可能なんですよね。それに替わるものとして事例検討(学習)という事が必要とされる訳で、事例を一般化し教訓化する必要性というのはここにあるんですよね。
 それはそれとして、実質的な報酬額を政府が自分達の都合の良いように出来る状態では事業所もそこで働く人たちの所得も制限されているのと同じで、生活の向上なんていうことは難しくなる訳ですよね。高収入が期待できない職種に、質の高い人材が集まるかというと、これはあまり期待できないですよね。この点については官僚が公務員の給料引き下げや天下りの廃止の声に対して反論する際によく言うことで、「そんな職種に魅力を感じることは出来なくなるし、結果として質の高い人材を確保することは出来なくなる」というのがそっくりそのまま当てることが出来るでしょうね。自分達の利益を守るためにそういう事を言っている人間達が、その逆の理屈で福祉事業を抑圧しているという矛盾した図式がそこにあるんですよね。
 これは「財政的問題」という背景があるわけですけど、これ、視点を変えると事業所やケアマネージャーも注意すべき事というのがまだまだあると思うんですよね。それは「コスト意識」という事なんですよね。福祉機器のレンタルは当事者の負担が1割という事で、一つ一つを見るとたいした金額の負担にはなっていません。でも、同じ機能で、同じ金額かというと、メーカーや業者によって違っているんですよね(ま、これは当たり前といえば当たり前ですけど)。例えば、介護ベッドの場合、高機能かどうかで金額も変わってきますけど、一般的なもので大体1,500円前後。「前後」ですから当然これより高いものもありますし、安いものもあるんですよね。例えば、1,200円と1,800円とすると、上下で600円の違いになる訳です。これだけ見てるとたいした金額ではないのですけど、実際はこの10倍の金額(自己負担は1割ですから)が動く訳で、上下で6,000円の違いになっているんですよね。6,000円となると大きな違いになる訳で、こういうのが積もりに積もって財政に影響を及ぼしていっている面はあるんだと思うんですよね。
 で、現状のような量をこなさなければ利益が出せない状況で、何処までこういう細かい(と言えば細かい)事に気配りが出来るのかとなると、これまたかなり不安の残るところなんですよね。これ、悪循環です。
 果たして、本当に当事者や家族が一番必要とし、欲しいと思っている介護やサービスを丁寧に導き出し、それに一番ふさわしいサービスを探し、提供するというのは何処まで出来るのでしょうか。それをするには、現在のような価値観ではダメなのじゃないかと思います。

 高度経済成長を支えてきたのは建築や土木、鉄工や自動車工業といったものでした。そして、今も、公共事業として土木・建築は今でも景気を支える手段として使われたりします。でもね、もう箱物を作ってどうこうっていう時代は終わっている筈なんですよね。そろそろ公共事業そのものに対する価値を変えてみてはどうでしょうか。高齢化対策として、また、障害者の社会参加を支える基盤の確保という事を含めて福祉事業を公共事業の中核に据えてはどうなんでしょう。そういう覚悟がない限り、福祉事業の成熟や市場、就労者の安定はあり得ないんじゃないかと思います。

 と、かなり長くなったついでに今日はもう一つ画像を付け加えちゃいます。桜も見納めかな?
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役人天国
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 晴。 月齢24 二十五夜 鎮静の月

 ポカポカと暖かい一日。桜ももう盛りを過ぎて散りつつあります。桜吹雪の中を車で走りましたけど、綺麗ですよね。

 安倍首相が掲げているものの一つ来「憲法改正」というのがある訳ですが、これに関わるものの一つとしてでているのが18歳から選挙権をあたえようというものです。これと同時に議論として出て来ているのが「18歳成人論」とでもいうか、18歳でもう大人として認めてはどうかという話ですけど、選挙権にせよ、成人年齢にせよ18歳にする意義というのがどうも今一つよく解らないんですよね。むしろ、成人年齢を引き上げても良いのではないかとも思える未成熟な若者(肉体的には成熟していても精神的に未成熟な若者)が増えているんじゃないかって思うんですよね。これは、若者に限った事ではないのかも知れませんけど、モラルハザードが叫ばれる中で、参政権の引き下げがどう影響するのかもっと色々と考えるべきなんじゃないのかななんて思ってしまいます。

 モラルハザードといえば、公務員の天下り規制策ですが、どうも当初渡辺行革大臣の出していた案からかなり骨抜きになってしまったようです。「天下りはダメ」なんていったところでそれは表面上の事で、結局は役人天国は変わらないという事なんでしょうか。そう言えば、「toto(トト)」を管理運営している「日本スポーツ振興センター」は文部科学省他からの天下り役人が理事に納まっていますけど、toto、全然儲かっていないんだそうです。というか、本来スポーツ振興事業に充てられる事になっている訳ですけれど、なんと昨年はたったの1億円しか振興事業に回されなかったんだそうです。では、収益はどうなっているかというと、その殆どが日本スポーツ振興センターを維持、運営する為の費用として使われていて、つまり、職員の人件費に消えているという事のようです。これ、某テレビ局の報道番組がスクープしたもののようで、なんと理事長の年収は2,000万円、累積赤字が増えている状況でこれってどういう事なんでしょう?民間企業なら当然役員報酬なんてでない状況だし、給料だって出せない状況ですよね。でも、彼らは自分達の取り分はしっかり取っていくんですよね。
 totoには色々な問題があるようで、仕組みがややこしい事や購入出来るところが少なかったりひっそりと売っていたりという事で関心があまり集まり難い構造になっているようです。おかしな話ですよね。いっその事、宝くじ売り場に委託したらどうなんでしょうかね。そう、時代はアウトソーシングだなんて言ってるくらいなんですから。で、いっその事、日本スポーツ振興センター自身もアウトソーシングしちゃうとか、理事なんて派遣にしてしまうとか。それくらいしてはどうでしょうか?
 この、センター理事の給与の問題は、国会でも問題にされていて、文科相をして、「批判からいって許されない事ですから……」等と言わしめている始末です。って、文科相って、「例の人」ですよね?ご自身も金諸費だとか、違法献金受領だとか、収支報告書の誤記載だとかお金にまつわる灰色(?)の霧に包まれているっていうのに、こういう、人を責める時には断固とした態度なんですね。
 でもね、「批判からいって…」って、評価基準としておかしくないですか?これだと、「批判されたから許されない」という意味になりませんか? つまり、裏を返すと、「批判さえされなかったら、別に問題はなかったんだけど」という事なんでしょうか。文科相ともあろうお方が「日本語の使い方間違えました」とか、「つい口から出てしまいました」なんて事はよもやありませんよね? そのどちらかだったとしても、そうではなく、そう思っているからだとしても、どちらにせよ一般人との基準だとか思いとの食い違いを表していますね。こういう人が教育を統括しているから教育行政がまともにならないんじゃないでしょうか。もっとまともな感覚の人いないのかなぁ。

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石原氏のメッキの薄さ
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 晴後曇。 月齢22 二十三夜

 富士重工がニューヨークモーターショーで3.6Lエンジンを載せた「トライベッカ(日本未発売)」を発表したんだそうです。トライベッカという車は7人乗りのSUVなんですけど、それ故ロングストロークのトルク重視型のエンジンをという設定にしてあるみたいですけど、このエンジン、アウトバックにも載らないかなぁ? ま、載ったところで買えない訳ですけれども…。

 浅野氏に100万票の大差を開けて当選した石原慎太郎氏ですけど、選挙期間中「大人しいなぁ」って思っていたんですけど、当選した途端に態度が一転、それ、ちょっと横柄なんじゃないのっていう感じにさえ見えてきますけど、みなさんはどう思います? 一番酷いと思ったのは当選した夜の会見での阪神大震災の犠牲者に関するコメントで、「首長の判断が遅かったから、2000人余計に亡くなったわけですよね」というもの。どう考えてもこれはあまりにも失礼な発言ではないでしょうか。これに対して兵庫県知事や副知事は猛反発。兵庫県知事は「犠牲者の8割以上が発生直後に圧死していた」というデータを出して反撃しています。石原氏のこの「2,000人云々」の根拠の怪しさっていうのを感じますね。
 確かに、現職の強さを示して圧倒的に勝った訳ですけど、あのメンバーの中では一番「マシ」という事で当選した訳で、それを何だか履き違えていませんかって思う訳ですけど、私は都民じゃないので…。

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桜折る馬鹿
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 晴。 月齢21 下つ弓張り

 今日はぽかぽか陽気の春真っ盛りっていう感じの一日。桜も満開だし、お花見にはうってつけっていう感じですね。

 そうなんですよ。満開でうってつけっていう感じなんですよ。昨日もね、少し曇ってはいましたけど、いい感じだったんですよね。で、私の通勤ルートに堤防の上の道があるんですけど、そこ、ちょうど今年、その堤防を整備工事して、休憩出来るところとか、桜並木を整えたんですよね。で、その新しく植えた桜にも花が咲いてて、凄いなぁって思っていたんですよ。
 そうしたら、昨日の仕事帰り、その休憩所みたいになっているところで若い連中が(15人くらいかな?)BBQのセットを設置して、花見を盛大にやっていた訳ですよ。その時には「こんなところで」って思った程度だったんですけども、今朝、仕事に行く時に通ったら、桜の枝が折られていたんですよ。それもかなり大きな枝、桜の花が沢山付いた枝が。折られて持ち帰られてしまっているのならまだしも(それでもダメだけど)、せっかく咲いた沢山の花を付けたその枝がそこに打ち捨てられていたんですよね。それを見た時の情けないやら腹立たしいやらっていう思い、お判りいただけるでしょうか。
 「桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」と昔から言う訳で、桜の木というのはそれくらい弱いんですよね。特に、観賞用に品種改良されたソメイヨシノなどは病気にとても弱いんですよね。刃物で切ってさえもそうなのに、まして折るなんて事をすると桜の木には大ダメージとなる訳なんですよね。と、これは「桜の木」に関する理屈という事になる訳ですけど、それ以上に公共のマナーなんて言う事を考えるともってのほかの行為。自分さえ楽しければ良いっていう我が儘以外の何ものでもない訳です。宴会をしたであろう場所に葉たばこの吸い殻はその辺に捨て散らかしてあるわ、バーベキューで使った炭は捨ててあるわ、コップは散らかってるわで目茶苦茶。マナーや公衆道徳意識の欠如というか低下というのは酷いものですね。こういう連中に花見をする資格はないと思いますね。

 大阪で、建物の大半が半地下構造になっている体育館の採光窓の上で遊んでいた子どもが採光窓のガラスが割れて転落、3.5メートル下の梁に引っ掛かって無事だったんだそうですけど、この採光窓、危ないという事で柵で囲んであったんですよね。
 つまり、フェンスで囲われていた中に無理やり侵入した上に、どう見ても危ないと判るはずの採光窓の上に乗っかって遊んでいた訳で、それでガラスが割れて落ちたって本人の問題でしょって思うんだけど。これでもしも施設を訴えるなんて事があったとしたら馬鹿丸出しっていう気がしますね。
 近年、危険に対する感覚が鈍くなってきているんじゃないかと思うんですよね。それは、生物としての退化というか、生きる力の基本的な能力の低下なんじゃないかと思うんですけれど、どうなんでしょうか。
 危険は常に身近にあるはずで、本来、人間にはそれらを関知して回避する能力が備わっています。ところが、それらの危険を排除しすぎた事でその能力が低下しているんじゃないでしょうか。こういうのって、実は判断力の低下にも繋がっていて、そういうのが巡り巡って行動の指針を狂わせていて公衆道徳観なんかも低下させているんじゃないかっていう気がするんですよね。怪我した原因は君自身にあるんだよって言ってやりたいですね。

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選挙だね
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 曇。 月齢20 下弦 二十一夜 二十日余の月

 昨日昼から降り出した雨は夕べ夜半まで降り続き、今日は夕方からどんよりとした曇り空。花冷えとか、花曇りとかって言葉がありますけど、よく出来た言葉ですね。というか、昔の人はよく観察していたものだと感心します。

 東京都の知事選は結局現職の石原都知事の勝利に終わったようです。思っていたより差が開いたんじゃないかって思っているんですけど、どうなんでしょうね。石原氏の思い上がりって、気になるところではあるのですけど、だからといって他の人に出来るのかっていうのは難しいところなんでしょうね。都民は浅野氏に対して「よそ者」という思いを拭いきれなかったんでしょうし、じゃ、黒川氏はっていうと、何だか選挙戦の中で如何に知事に不適格かっていうのが露呈してしまっていたように思います。共産党推薦の吉田氏は善戦した方じゃないでしょうか。ドクター中松以下の「泡沫候補」に関してはま、あんなものでしょうね。ビックリしたのはドクター中松に次いで得票数が多かったのがさくら金造氏だったっていう事でしょうか。
 大阪では府議会議員選挙だけという事で知事が代わる訳でもないので今一つといった感じ。それよりも22日の市議会議員と市長選挙の方が気掛かりといった感じですね。
 現職の市長ももう既に3期という事で、そろそろ代わり時だと思っています。というか、代わらなきゃいけないと思っているんですよね。はてさてどうなる事やら。

 ここでもずっと追いかけていてお知らせしている事の一つですが、小惑星探査機「はやぶさ」がいよいよ地球への帰還に向けて本格的な航行を開始するようです。満身創痍という感じの状態のはやぶさ、果たして無事戻ってこれるのでしょうか。いえいえ、是非とも戻ってきて欲しいと思いますし、これほどまでの危機状況での帰還はJAXAにとっても大きなノウハウの蓄積と自信に繋がるでしょう。それでも、地球への到着は2010年の6月頃と見られていて、まだまだかかるという事ですね。それまでにもJAXAはこの夏に月に向けて探査機「セレーネ」を打ち上げます。セレーネは日本初の本格的な月探査機で、主衛星と2機の小衛星からなります。この探査機、実はメッセージと応募してたんですよね。私も申し込んだので、名前が探査機に書かれているはずなんですよね。
 ここのところ各国が月に注目しています。中国なんかは月の資源開発をもくろんでいるようで、近い将来に有人探査を計画しているようです。
 日本の宇宙開発はどうも有人の方向に向かっていないようなんですよね。有人機の開発なんて話もあったのですけど、どうも中止になってしまったようですし、これからもどうもそういう計画が見えてきません。そんな事やっているうちに中国に抜かれちゃった(といっても「有人」という部分だけですけど)訳で、これから中国の制御技術が延びてくればそのうちそういう分野でも追い抜かれちゃうんじゃないかと思っています(いや、おそらく確実に抜かれるでしょうけど)。

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日経ビジネスを読みましょう
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 晴。 月齢18 寝待月

 職場の車が車検という事で、代車に乗っています。で、代車が都合で交換という事になって、今日来た車がなんとレガシィの現行型。2.0iですけどBスペック。しかもまだ新車でなんと2,500キロしか走っていないなんていう代物。う〜ん、軽自動車の代車にこんなの出していいのか? これは何かの陰謀? なんて思ってしまいました。それにしても、良く出来てますね。スイッチ類のソリッド感も、私が乗ってる型からもっと良くなってますし、シフト操作の仕組みも良く出来てますね。パドルシフトは慣れないと使い難い感じですが、シフトノブでの変速はとても良い場所にシフトノブがあるので操作しやすい感じです。ビックリしたのはサイドブレーキの位置で、まるでスポーツカーって感じですね。あれ、「ドリフトして下さい」っていう意味なんでしょうか?あんなの乗っちゃうと、欲しくなっちゃいますよね。といっても「先立つもの」が全く無いのでそれはあり得ない話なんですけども。

 昨年末に国連で採択された「障害のある人の権利に関する条約」の仮訳が公表されました。この条約を日本も批准するのかどうかはまだ判りませんけど、おそらくする事になるでしょう。で、これに批准した場合、日本の障害福祉行政は大きな転換を強いられる事になるかも知れません。というか、本来の方向に戻されるという事なんだと思うんですけどね。
 ともかく、「障害のある人の権利に関する条約」をご一読ください。
 http://www.normanet.ne.jp/~jdf/index.html

 今週号の日経ビジネスをお読みになった方はおられるでしょうか? 「”抜け殻”正社員 派遣・請負依存経営のツケ」というものですが、ここに書かれている事って、実は派遣会社にいた時から思っていた事そのままなんですよね。
 派遣会社で管理をしながら、取引先企業へのセールストークで、「社員の2/3派派遣や請負に移行出来ます。それによって固定された人件費を圧縮出来、経費の削減と効率化が図れます。」なんていうのがあった訳ですけど、現実には単純労働部門だけではなく、管理部門さえも(企業によっては経理部門や人事部門さえ)アウトソーシングしてしまうなんて事もある訳で「この企業、抜け殻だよな」って思う事時々あったんですよね。
 企業風土や技術というのはその会社の社員一人一人が作り上げて、そして伝承していくものです。企業は企業単独で存在するものではなく、その本質を構成する社員があってこその企業であるという事をここのところ企業や経営者は忘れてしまっているんじゃないでしょうか。いや、企業だけではなく、実は社会そのものがその存在(「人」という最小の要素)を忘れてしまっているんじゃないかって思うんですよね。人が存在し、生き、暮らしていくためのツールとして企業や行政システム、そして「国」というものが存在するのであって、「国」や企業が存在する為に人がいるのではないという事を思い出さなければいけないのではないかと思うんですよね。
 空洞化しつつあるのは企業だけではありません。「マニュアル化」「標準化」する事で、コミュニケーションが希薄化し、人と人の繋がりが細く脆いものになり、お互いがお互いを思い遣る事の出来ない社会になっているのじゃないかと思うんですよね。
 4月2日にソロモン諸島を襲った津波を伴う大地震は4月6日時点で死者34名、被災者5,500人以上、倒壊家屋2,500軒以上という大惨事を招いていますが、それでも被災者は相互扶助を忘れていません。自らも被災しているというのに、自分のうちにある食料を供出し、笑顔で提供しているその様子は人が人であるという事を思い出させるに十分なものでした。こういう時にさえも隣人を思い遣るというのは実はなかなか難しいのが今の日本社会ではないでしょうか。
 行政が「災害時には行政システムさえもが被災していて救済なんていうのはなかなか難しくなる。だからこそ、こういう時には『自助』『共助』でしてもらうのが一番良い」という事をいっているのを聞いた事がありますけど、これは完全に自らの力の無さを認めているという事であり、自らの存在意義を放棄しているのではないかと思うんですよね。自助や共助は確かに必要です。でもね、それは強制されてするものではないんですよね。行政側もそれを当て込んでしまわないといけないっていうのはどうにも情けない話なんじゃないでしょうか。

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桜満開でした
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 晴。 月齢17 居待月 種蒔き月

 HPの更新をしました。「ちょっといいですか」のサークルの機関誌への掲載を再開します(って、まだその予定っていう段階だけど)。という事で、第1回連載分をアップしています。

 お彼岸にお墓参りにいけなかったので今日はお墓参りしに行って、桜が綺麗だったので見とれてしまいました。周りに桜の機が沢山あって、お花見に来ている家族も沢山いました。父の一眼レフのテスト撮影もしてみたんですけども、どうなんだろ? 特性が解ってないのでどうもしっくりいかないんですよね。ま、使っているうちに慣れるかな? お父さんはこのカメラのシャッターをどんな思いで押していたんだろ?

 高レベル放射性廃棄物の最終処分場の候補に立候補した高知県東洋町の町長が辞職、出直し選挙への出馬表明をしています。これね、リコールの動きがある中での辞職で、町長自身も「リコールされる事は名誉ではないのでそれよりも辞任して選挙で信を問いたい」とコメントしていますけど、それはあまりにも虫のいい話っていう気がするんですけどね。そもそも説明責任を果たせてなかった人が選挙に出てどうなるって思ってるんだろ?町議会からも2度にわたって辞職勧告決議を受けている上に県知事(橋本大二郎高知県知事)やお隣の徳島県の飯泉知事からも誘致については反対を表明されている中で、それでも尚、町民に十分な説明をせずにいた人だっていうのに。これ、完全に郵政民営化の時の小泉さんのやり口のまねでしかない訳ですけど、本家のように上手くはいかないでしょうね。

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意味が解りません
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 晴。一時雪混じりの雨。 月齢16 立待月

 お正月に更新したままになっていたHPですが、やっと更新いたしました。と言ってもあまり内容は変わっていませんけど。「通訳協会への公開質問」について更新しています。ご覧ください。

 実家から父の使っていた一眼レフを引っ張り出してきたので、とりあえずは写真は撮れそうですけど、ニコンなんだよね。私が使っていたOM-4から比べるとかなり新しいタイプのカメラで、オートフォーカスなんですよね。殆どがボディ側からの制御(基本的にフルオートなんですよね)だから、ちょっと使い辛いんですけども。ま、無いよりは全然マシという事で。ボディはなんとかなったんですけどね、レンズですよね、問題は。父の使っていた2本のズームレンズは一般撮影用には十分なスペックですけど、マクロが出来ないんだよね。
 今まで使っていたtokina Macro 90mm/f2.5というレンズは一番のお気に入りのレンズだったんですけど、当然の事ながらこれをニコンマウントには使えない訳で、中望遠マクロって安くで何処かにありませんか?

 「美しい国」なんてスローガンを臆面もなく掲げている安倍首相ですけど、「美しい国づくり」企画会議というのが今日発足したそうです。委員には「各界」の代表者があたっているんだそうで、照明デザイナーや踊りの家元、作家や漫画家等々が委員として参加しているようです。ま、ネ、議論するのはいい事(?)かも知れませんけど、「美しい国」なんていう漠然とした概念について共通認識を得るなんていうのはそうそう簡単な事ではないでしょうし、そもそも私は安倍首相の言う「美しい国」っていうものが何を目指しているどういうものなのかっていうのが全く理解出来ないんですよね。こういう漠然とした概念論を議論しているような時期ではないと思うんですよね。もっと具体的な施策を練っていかないといけない事って言うのがとんでもなく沢山あるんじゃないでしょうか。「障害者自立支援法」他、弱者に負担を強いたりする事が「美しい国」のスローガンとどう整合性が取れているんでしょうか。
 美しい国を作るにはまず議員自身が身を正すところから始めるのがいいと思いますけど、安倍さん、どうお思いですか?
 「美しい国」なんて言っておいて、議員だけが特権を享受していたり、役人だけが安寧にしているような国はどうなんでしょうね。それ、美しいの?