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 晴れ。暑い暑い一日。 月齢12.6 小望月 待宵の月

 手話通訳を考えるということがこのブログのひとつのテーマでもあるわけですけれど、手話通訳から少し離れて、音声言語通訳者の現状について見てみたいと思うんですよね。これは、つまりある種、職業として確立されていて、社会的認知もされている段階にあるわけで、いわば手話通訳者や手話通訳集団が目指す場所の一例ととらえることが出来ると思います。で、私がどこまで知っているかっていうと、もうこれは本の受け売りでしかないわけで、米原万理氏やその他の数人の通訳者が書かれた本に紹介されているところから推測するということになってしまいます。
 米原氏がある本の中で書かれていることのひとつが通訳者の報酬です。米原氏の文章やその他の話、知人からの伝聞などを総合すると、大体日当で2〜5万円程度。国際会議クラスになると日当で大体12万円程度、英語の通訳などのアルバイトでも2万円程度が支払われているようです。国際会議等での通訳の上限時間は5時間なんだそうで、それを越えて通訳をするということは原則的に無いそうです。となると、単純に時間単価に換算してしまうと2万4千円/時間ということになりますが、現実にはこうはならないんですよね。通訳をするに当たっての事前調査や学習等々の時間も含めての報酬ということになっていますから、当然表面上の「5時間」以外にも膨大な時間を割いて通訳に挑んでいるわけです。ここがプロ意識とでもいうのでしょうか。
 実は私も国際会議の通訳を担当したことがあるのですが、この時に驚いたのは国際会議などにおける通訳者の「通訳文化の定着」ということなんですよね。会議がこう着状態になって開始から4時間半近くになったとき、突然英語の通訳者がマイクで「只今会議開始から4時間30分を越えました。国連の規定により後30分を越えると通訳者は退席します。」とアナウンスをしたんですよね。これは手話通訳同様音声言語通訳者も連続の通訳時間が一定時間を越えると精度が低下し、身体に悪影響が出始めることからそれを予防するための処置なんだとか。このアナウンス前、会議は完全にこう着状態で一進一退という状態だったんですよね。ところがこのアナウンスを聞いたとたんに会議がどんどん進みだし、あわててきちんと定刻どおりに終わったんですよ。
 こういったこと、手話通訳の場合はどうかというと、たとえ5時間以上はしないようにという取り決めがあったとしても、おそらくその場では手話通訳者は我慢して超過時間も通訳を続け、しかる後にしかるべきルートを通して(コーディネーターや派遣責任者)主催者にクレームをつけるという形になるでしょう。これ、結果的にどちらが効果的かというと、効果面だけを見れば前者の方が効果的なんでしょうね。ところが、手話通訳者は「そんなことをすると会議に出席している人たちが困ってしまう」と、困ってしまう原因を自分達(通訳者)にあると見てしまって拒否してしまうなんて事は出来ないんですよね。ところが音声言語通訳者達は、とてもビジネスライクに割り切って、「規定時間内で話を終われない参加者(若しくは進行役)に責任がある」ととらえるんでしょうね。こういうのも文化的な差とみなせるのではないでしょうか。
 手話通訳は生活支援的な通訳シーンが多い訳ですが、英語やその他の音声言語通訳でも最近ではそういった生活支援的側面の強い通訳というのが増えてきているんだそうです。これは、従来、日本に来て日本語が判らないので通訳を依頼するというのは大きな企業のビジネスマンや政府レベルの外交目的で来日したという人が多く、それ故、いわゆる「インテリ階層」が対象者というケースが大半で、それ故生活面での問題よりもビジネス面での問題に関わるというケースが多かったという事なんですね。ところが、ここ数年は単純労働力として出稼ぎに来日するケースが増えてきて、基本的な生活に関する知識やモノの善悪の判断が正しく出来ないなんていうケースが増えてきています。
 現実に私が関わったケースでも、日系三世で「金を手にする」為に来日していた20代の男性ですが、日本に来て同じ国から出て来た友達から車を買い(これも金を払っただけで名義変更などはされていなかったなんていうちょっと考えられないケースでしたけど)、無免許(本国では免許を持っていたそうですが)でスピード違反をして捕まったというケースや、風邪をひいて、病院に行って友達の保険証を使って治療してもらっていて見つかったとか、普通の日本人では考えられないようなケースが結構ありました。こういうのも日本の制度や風習、生活スタイルというものに対する理解や常識の欠如といった事から来る訳で、そういった部分の支援をするところから入らなければいけないなんていうケースが増えているという事です。この辺りは手話通訳へのニーズの変化とは逆の動きがあるんだなって興味深く思った事の一つです。
 そういったケースは別としても、来日する外国人の質的変化は当然ながら通訳に対するニーズの変化をもたらし、新しいニーズが生まれてきているのは事実のようです。手話通訳に関しては、これとは逆の方向で、聴覚障害者の社会進出や社会的認知、社会資源として社会に貢献するシーンの拡大などと共にニーズの変化が今後起きてくる事でしょう。では、果たして手話通訳者は今のままでそういったニーズの変化に対応して行けるのでしょうか。これ、とても大きな疑問なんですよね。こういった変化に対応するには、手話通訳者自身の質的向上や意識の変革が必要でしょうし、手話の技術以外の知識面での研鑽も求められてくる訳で、通訳技術といった事以前の知識量がポイントになってくるのじゃないでしょうか。こういった事を想定してこれからの通訳者の養成や自分自身の研鑽を始められる通訳者はどれくらいいるんでしょうね。