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 晴のち曇。 月齢27.3 有明の月

 コムスンの一件はどうやら分割譲渡という方向に向かいそうで、有料老人ホームなどではワタミが、訪問介護事業では部分的にニチイ学館が、夜間対応型訪問介護サービスについてはジャパンケアがそれぞれの得意分野での受け皿になりそうです。
 と、事ここに至って、コムスンはまだ不正請求していた事が発覚してきたりとまだまだボロボロと出てくるかも知れませんね。それにしても、折口氏は一連の事件を現場の責任と責任転嫁してしまっていますけど(一応責任者として頭は下げてはいましたけど)あの組織で折口氏が何も知らなかったなんて事はある訳がないっていうのは誰が見ても明白な事だと思うんだけど。こういう業界って、現場の方が遵法意識強いんですよね。だからこそ、現実途方の矛盾の中で苦しんだり悩んだ利っていう事が多いのですけど、そういう事も判っちゃいないんでしょうね。
 それはそれとして、各メディアも問題にし始めているのは、そうでもしなければ利益の上がらない介護保険自体の抱える問題点ですけど、これ、もっと問題視していって欲しいですね。介護報酬の引き下げに当たって厚労省が理由として挙げていたのは「利用者負担の軽減」というものですが(そんな事関係者は誰も信じてませんけど)、現実には予算の抑制がホントの理由だという事はこれまた明白な事実。厚労省は必要なところを引き締めて不要なところを垂れ流しで予算をどんどん使っているようにしか見えないんですけどどうなんでしょう。
 高齢者介護・障害者支援といった福祉事業は、そもそもが儲ける事を目的としない事業として存在していた訳で、それを民間委譲で自由経済の中で競争せよっていうのは乱暴なんじゃないかと思うんですよね。いやいや、サービスそのものは質の競い合いをしてどんどんレベルを上げていくべきだとは思いますけど、それにしても報酬が低すぎてどうしようもないですよね。この報酬金額を政府がコントロールしている限りホントの意味で民間が経済活動として福祉事業を開拓するっていうのは難しいかも知れません。
 私としては、以前からも言ってますけど、「公共事業」のパラダイムシフトをしなければいけないと思っているんですよね。つまり、土木・建築業で経済を引っ張っていく時代っていうのはとうの昔に終わっている訳で、これからの高齢化・バリアフリー社会にとっての公共事業というのを考えると、社会保障としての事業と公益事業としての事業の両面を持つのが福祉事業で、これこそを公共事業の中心に据える事が必要なんじゃないかと思うんですよね。
 公共事業は土木・建築業者を守るために存在している訳ではなく、住民を守り、公益性の高い事業を進めるという事が意義であるはずですから、そこのところをしっかりと押さえてパラダイムシフトしなきゃいけないんじゃないでしょうか。
そうすれば、介護事業や障害者福祉などに資本投資がされる訳で、これらの事業も産業として育っていくのじゃないかと思うんですけどね。
 阿部さんはどうやら参議院選挙終了後を見据えて、それまではじっとしていようと思っているようですね。それでも、消費税の引き上げや所得税の控除の見直し等々、我々の生活を逼迫させるような事を沢山考えているのはもう見え見えなんですよね。そんな事考える前に、しなきゃいけない事沢山ありませんか?
 憲法改正には基本的には反対しませんが、改正してどういう社会になるのかっていう具体的なビジョンの提示がないままでは考えようがないんじゃないかと思うんですよね。それに、こんなに大切な事をどうしてそう急き立てるようにしてやってしまわなきゃいけないかが判りません。もっと何をどうするためにどういうところをどう変えて、どんな形にしたいのか、その結果社会はどう変わるのかというのを具体的により多くの人たちで議論するべきなんじゃないかと思うんですけどね。
 教育基本法にせよ、「親学」でしたっけ?にせよ、どうも枝葉にこだわっていて、大切な「骨」になる部分がどうも弱いように思います。そうそう、骨が弱いと言えば、「骨太の方針」ですけど、ホントに骨太なんですか?なんだかすぐにこけて骨折してしまいそうに見えるんですけども・・・・。
 その「骨太の方針」ですけど、これを英訳するのが大変なんだそうです。「骨太」がいったいどういう意味なのか、それを意訳していく訳ですけど、なかなか良い訳が見つからないんだとか。
 阿部首相の話は相対的に具体性に欠ける訳で、その典型例が「美しい日本」ですけど、具体性がない上に不要な修飾語(それも、「美しい日本」と言いながらカタカナ言葉の多い事多い事)が沢山くっついて話がよく見えないというのが阿部さんの演説という気がします。滑舌も悪いしね。だから説得力がない(のか、そもそも中身がないのかは難しいところですが)んじゃないかと思うんですよね。