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2007.08.24
理論的検証の必要性

晴れ。月齢11.2
昨日は全国的に過ごしやすい気温だったようですが、今日はまた元通り暑い日になっています。が、朝の空気が少し変わってきた気がしますね。少しずつ、でも確実に季節は変わろうとしているのでしょうか。スズムシやキリギリスも鳴いてるね。
今年もシンポジウムだとか報告会だとかっていう季節になってきて、大阪のそういったイベントの参加募集とレポートの募集の案内がサークルで配られていました。ああ、そういう季節だねって思いながら、3年前までは毎年この時期レポートに追われていたなぁって少し気楽に思い出したりしました。今年もしレポートを頼まれたとすれば(そんな事はまずあり得ないですが)どういうテーマにするんだろうなんて思って考えてみたんですけど、おそらく、手話通訳の有料化の動きに対する何らかのテーゼや考察という事になるんでしょうか。
手話通訳の有料化がホントにいけない事なのか、どうしていけないのか、それは何処に由来しているのか。つまり、手話通訳などの情報保障は何に拠って立つ権利なのか、それは何処まで保障されるべきなのかを整理し、有料化についても何処までが無料であるべきなのか、それはどうしてなのかを前述の考察から考え、有料化阻止に当たっては何を根拠とし、どういう説明で当局を納得させ、反論出来ないようにし、どう議論するのかといった点の整理をして提示するという事が必要になるのではないかと思っています。これ、もう5年くらい前からの私のテーマでもあるわけですが、某ろう団体の理事などはどうも話を抽象的にしてしまい、現実に対行政で話をする場合に説得力に欠ける事を繰り返し話すだけだったりとか、概念的な事だけを取り出してあまりにも話が大きすぎるとかって事がよくあるんですよね。それよりも現実に地域で活動する中で理解が必要なのはそもそもどうして手話通訳は無料でされてきたのか、それがどうして有料化の動きが出てきているのか、これからの時代に合った手話通訳制度を考える時に有料化は仕方がない話なのか、有料化がやむ無しとすれば何処までを有料化とするのか、それによってろう者(手話通訳を必要とする人)の暮らしは具体的にどう変わっていくのか、それは果たして良い事なのか、もしもそれらが良くないベクトルとして存在するのなら、どうやってそれを阻止しうるのか、それにはどういう事が必要になるのかといった具体的な話なのではないかと思うんですよね。それらをある程度レポートとしてまとめ、それをたたき台として議論し、深め、整理し、共通の理解を得た新しい運動のベクトルとして示す必要があるんじゃないかと思うんですよね。といっても私にはそこまでの技量も立場もありませんけど。
こういう議論を継続的に積み重ねる事が運動の継承になったり、より洗練されたモノ(別に泥臭くても構わないと思っていますけど)を提示していく事になっていくのだと思うんですよね。
新しく参加した人たちだけにこびるのではなく、難しい事を難しい言葉で難しく議論する場があっても良いと思うんですよ。ただし、そこで得られたモノをそれぞれの地域で分かり易い言葉で難しい問題を理解しやすく解きほぐして説明し、広める事が重要なんですけどもね。
みなさんは手話通訳が有料化される事に対してどうお考えでしょうか? 他の障害者団体の中からは「我々のサービスは有料化されたのに、手話通訳だけが無料で続いているのは不公平でおかしいのではないか」という声が上がっているそうです。運動の理論というか、攻め方の理論としてはそういう無料の事業があればそれを引き合いに出して「だから我々も無料のままで」という理屈を作り上げるのは正当な方法だと思います。ただ、これが障害者団体間の足の引っ張り合いにならないかという懸念は残るわけで、その部分に注意が必要なのではないかと思います(と、実は私もその昔、視力障害者のガイドヘルプの予算を引き合いに出して「(聴覚障害者と視力障害者の数は)おおよそ同じ人数なのに、予算に10倍の開き(ガイドヘルプ派遣は手話通訳派遣の10倍の予算)があるのはどうしてか?」と詰め寄った事がありますけど)。
自立支援法が始まって、他障害のサービスがどう変化し、どう評価されているのかという事も十分に考慮しなければならないでしょうから、そういった事も調査した上で今後の手話通訳派遣制度をはじめとした情報保障活動がどうあるべきなのかを考えなければいけないのではないでしょうか。どうもね、今のろうあ運動って視野狭窄に陥っている気がするんだけども・・・。
そうそう、自立支援法開始以前、支援費制度の時期に大阪の聴覚障害者福祉の実態について調査した報告書は当初、各市町村自治体、ろう団体、手話サークルに配布(頒布も含め)するという話になっていたのですが、どうやら有耶無耶のまま一部団体や関係者のみへの配布になったようです。某団体は何をどうしようと思っているんでしょう。こういう情報こそが出来るだけ多くの人が共有し考察する礎にするべきだと思うんですけどね。
個人としての一考察をシンポジウム等々とは関係なく書いてみようかななんて思う今日この頃です。
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