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2007.09.30
「専任手話通訳」の業務

雨のち曇。 月齢18.6 更待月
前回のエントリーをアップしたところで気が付いたのが龍児さんがご自身の掲示板で複数配置の件についてコメントされていた事でした。改めて書くと、私は「複数配置」に対しては賛成です。が、交代勤務にするメリットがあまり見られない上にデメリットとなる事の方が大きいと感じていますので、1人工分の業務量しかないものをわざわざシェアする事の意味性や必要性というのを感じられません。
業務量がオーバーフロー気味に存在している場合、例えば実質的な業務量が1.5人工分以上存在していたり、潜在的な業務量が現状の業務量以外に1人工分相当存在していたりという場合、1人で処理出来る訳はないという事ですから、複数配置が妥当であるという事になります。潜在的業務の開発や発掘は内在するニーズに対して現状の福祉サービスが対応しきれていない部分を補う事になる訳ですから、聴覚障害者福祉の発展に必要なものと考えています。
「専従手話通訳者が相談等のケースワーカーの業務までカバーする必要はない」との指摘もあるようですが、窓口の「専従手話通訳」とは別に、福祉指導員や相談員がいるのであればそれらは不要なのかも知れません。が、現状では実質的にろうあ者福祉指導員が形骸化していて実質的には存在しないのと同じ状況にあり、相談員も他の事務業務に忙殺されて機能していない状況では本当の意味で動く事が出来る福祉指導員や相談員の設置が必要になる訳で、「専従手話通訳者」ではなく、「専任手話通訳者」が必要だと考えています。
「専任通訳者」とか「専従通訳者」、また、「派遣通訳者」「設置通訳者」などの用語の意味すること、つまり言葉の定義が各地域によって異なっていることが多く、同じ事を言っているのにその用語が同じ使われ方をしていなかったために議論がかみ合わなかったなんて事も全国集会ではよくあることで、この辺りの統一も必要なんでしょうね。「専任」と「専従」については、ま、殆ど同じ意味を表しているのでしょうが、私個人としては「専任」の方が業務範囲が広いように感じていますし、「専従」といった場合、その部所で手話通訳業務に就いているという印象があります。また、「派遣」は登録派遣制度によって派遣された通訳者あるいは派遣される通訳者といった意味と定義していますし、「設置」は、例えば窓口専門のそこに張り付いている通訳という印象が強いですね。その意味では現在の当該ケースの通訳は「専従」というよりも「設置通訳」に近い印象だと思って頂いた方が良いでしょうね。
海外の手話通訳者の業務については寡聞にして詳しくないので解りませんが、英語やフランス語、ポルトガル語といったいわゆる音声言語通訳者の業務にも実際には生活相談業務や支援業務といったものがある訳で(音声言語通訳者の業務は細分化され分野毎にカバーする業務内容がかなり違っているので、会議通訳者やテレビ通訳者の業務にはこういったものは殆ど無いようですが)「言語通訳のように」というのも当てはまらないというか、言語通訳も、現在の通訳者は専門的に多様化し、それぞれの業務によって性質が違っていることが多というのが実際のところということだそうです。
英語やフランス語といった音声言語の通訳者がただ単に「言語的変換」だけをしている印象が強いのは通訳の中でも花形的存在の会議通訳やテレビ通訳者の世界の話で、生活に密着した地域で活動している言語通訳者はもっと泥臭い生活習慣や風習などについての通訳をアドバイスを交えながらしていることが多いようです。これは、戦後初期(昭和50年代まで)の来日外国人の多くは商社や技術職といった知識や学歴のレベルの高い人が多く、むしろ日本人に某かを教えるという立場が多かったりした訳ですが、近年、国内労働力の減少や低コストの労働力の確保、3K職場を嫌がる日本人が増え、代わりに外国人労働力を使うと言ったことが増えてきたことから起きている通訳者に対する「ニーズの変化」が大きな要因です。こういった現象はヨーロッパ、特にフランスやドイツではもう早くから起きていて、日本だけの問題ではないということだそうです(フランスやドイツではアラブ系労働者が社会基盤を支えている)。つまり、手話通訳であろうが、音声言語通訳であろうが、求められているモノにそういった要素が強く存在している限りは生活相談や支援といった業務が通訳者の業務の一部を形成するという事には変わりないということだという事です。この上記の例に当てはめると、龍児さんさんは、いわば知識レベルや学力レベルの高いエグゼクティブとしての存在であり、そういう人達にはそういう人達に合わせた通訳の業務が存在しているのも確かだと思います。
会議通訳やテレビ通訳が、言語変換だけをしているのかというと、実はそうでもない例も少なくないんですよね。例えば、「Around the Potomac river」といった言い回しが出てくると、言語的に変換しただけでは「ポトマック川周辺では」という事になりますが、意味としてはこれ「ホワイトハウスでは」という意味を指しています。当然ですが、多くの日本人はこういういわば「慣用句」的な言い回しを知らない方が多い訳で、そのまま訳す(「ポトマック川周辺では」)のではなく、意訳をします(「ホワイトハウスでは」)。これも双方の文化的な差を埋めるという作業で、単純な言語変換ではないという例ですね。こういった例は各国ごとに存在し、ロシアではゴルバチョフのことを直接名前を言わず「セルゲイの子」(セルゲイはゴルバチョフの父の名)と表現することも多く、この場合は当然ながら「ゴルバチョフ」と訳されます。こういった直接名前を言わず、両親の名前を言うという表現方法はロシアでは極々普通に行われることなんだそうです。
このように、音声言語通訳者が単純言語変換を行っているだけなのかということについては手話通訳者ももっと検証し、参考になることは参考にするという事をしていくことが今後の手話通訳業務の整理と研鑽の課程では必要なことではないかと私は考えていますし、手話通訳もそれぞれの業務区分を明確にして専門化していくことも必要なのかも知れませんね。
手話通訳と音声言語通訳者の社会的認知や職業としての確率度合いの決定的な差は1つには聴覚障害者の社会参加や聴覚障害者自身の社会資源化がまだまだそこまで進んでいないということなんじゃないかと私は考えています。手話通訳者的に言えば、「だからこそ余計に手話通訳者が必要なんだ」っていう事になる訳ですが、社会的にはそうではないということなんでしょうね。
2007.09.30
交代勤務ではなく複数配置を

龍児さんから専従通訳者の週二交代勤務について、一定の理解をした上で、異論が出ても良いのではないかとの意見を頂きました。ま、異論は色々あるかも知れませんし、それはそれでそれぞれの都合や背景に存在する条件というものがあるのでしょうから、違った考え方や違った手法があっても良いと思います。それらを認めた上で、あえて私は(というか、理想とする体制を考えると)この方法に異論を挟んでいるとご理解下さい。
二人の担当者がいるという事はとても評価出来る事で、そうであるべきだと思います。が、それは、交代勤務という形ではなく、本来は複数配置という状態であるべきだと思います。これは、以前のエントリーでも指摘したような問題とともに、たった1人しか担当者がいなかった場合の人間関係の影響という事も考慮すべきだと思うからです。例えば、女性にとっては男性の担当者には話し辛いという事もあるでしょうし、その逆もあると思います。また、個人的な人間関係から話し辛い相手というのはいると思いますし、そのあたりの相互補完を考えると、二人以上の担当者がいる事は重要だと思っています。これは、以前の「Big Wave」で府下の各市町村の聴覚障害者福祉についての調査・分析をした時にも出ていた問題点と理想形で、少なくとも男女の二人の担当者がいる事が望ましいという意見が出ていました。
また、一般的な派遣とは違い、役所に来るケースでは複雑な問題をかかえている事が多く、これらについては出来るだけ同じ担当者が関わっていく方が何かとメリットが多いと思いますし、それこそ、複雑な問題の経過をどうやって他の担当者に(直接会う時間が無い状態で)引き継いでいくのかというのも大きな問題です。こういった事を考えると、少なくとも二人が同じ勤務時間を共有している状態が存在するという事は大切な事で、最低でも交代勤務者の両方が週3日の勤務で少なくとも一日は両者がいる状態であるべきではないでしょうか。これなら業務自体の幅を広げる事も可能で、聴覚障害者福祉のアウトリーチに手を伸ばしていく余裕もできてくるかも知れませんし、それぞれの経験したケースの問題点を一緒に検証するという事も可能になりますね。
交代勤務体制からえられるメリットとはどんな物があるのかという事の検証が必要になると思うんですけど、どんな事があるのでしょうか。おそらくメリットとして一番大きなものは、フルタイムではない(週に2・3日)という事による拘束量の少なさなんでしょうね。つまり、家庭の主婦でも週に2・3日なら何とかなるという事ではないでしょうか。しかし、これは同時にフルタイムではない事による収入の低さにも繋がる訳で、つまり、例えば男性が専業としてこの仕事をする事が出来ないという事も意味しています。とても悪い言い方をすると、「主婦の腰掛け確保」的にしか見えてこない訳です。
「ワークシェアリングする」と言うのはとても良い言葉ですが、業務量が多くて1人では出来ないのであれば尚更複数配置で二人職場化するべきですし、その上で、1人をフルタイム(週5日)勤務とし、もう1人をそれこそ家庭の主婦でも出来るように交代勤務とするという方法もあるのではないでしょうか。これなら、業務の引き継ぎも可能で、対応のバラツキも相互の連絡やコミュニケーションによって減るのではないでしょうか。
交代勤務のメリットについて、穿った見方をすると、委託側の都合というものが大きく存在しているのではないかと思います。そのひとつは、担当者が休んだ場合の対応というものがあるのではないでしょうか。1人で担当している場合、代わりの人間を用意するといっても業務の流れなどが解らずに対応出来ないなんて事も出て来ますが、交代勤務だともう1人が代わりをするという事も可能になる訳で(理屈だけを見ればですけど)委託する側には好都合という事になります。ところがね、業務委託に関する法律から見ると、こういう委託は法律違反なんですよね。業務委託はあくまでも業務を委託する訳で、それを遂行する体制についてはあくまでも受託側の責任で体制を作れなければいけないんですよね。
これらの事を考慮すると、本質的には複数配置で同時勤務の状態がおそらく一番望ましい体制で(おそらくそれに見合った仕事量もある筈ですし、仕事の開発も可能になる訳ですし、無ければそれこそそこで協会の事務をすればいいだけの事だと思いますし)、それを目指すべきだと思います。これは手話通訳者の社会的地位の確立にも関わる事で、手話通訳で生活出来る職場を作り出すというのは通訳協会のような手話通訳者集団の役割ではないかと思います。
ま、もっというと、私がこの委託に反対した理由のひとつに、業務範囲の狭さというのが存在していました。あくまでも窓口での通訳業務だけという事で、それまで私が広げていっていた業務の多くが削ぎ落とされた形になってしまった訳で、改めてその部分(相談、社会資源開発、手話通訳者に対するアドバイスや相談、各種の調整や折衝)を拡げるにはかなりのパワーが必要になってしまう訳で、それらをしようと思うと、それこそ「主婦の腰掛け」では到底出来ないんですよね。
町内の通訳のみに制限された事で、事実上それ以外の聴覚障害者福祉に関わる事の出来る「専任通訳」は不在という状態になってしまった訳で、だからこそ強行に反対したんですけども。今後、この部分がどうなっていくのかという事についてはおそらく協会は何ら考えていないでしょうし、考えるつもりもないのではないかと思っています。
ま、予断はさておき、上記のような理由で、交代勤務についてはやはり反対ですし、複数配置の同時勤務状態にした上で業務の範囲を拡大していく事が必要だと考えています。
協会に対してはこれら以外にも色々と注文というか、意見はあるんですけどね、それらはまたおいおいにという事で。
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