2007.11.16 ISOの落とし穴
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 曇り時々小雨。 月齢6.2 弓張月

名古屋空港で墜落したF2の墜落原因が判明。なんと機体の姿勢をコンピューターに知らせるセンサーの配線が逆になっていた為なんだとか。こんな単純なミスが起きた原因が何処にあるのか、どうしてチェックに漏れたのかと言う事を明確にしないとこれ大変な事になるんじゃないでしょうか。それにしても軍需関係は揺れに揺れていますね。ま、この件は「あちら側」の問題とは全く関係のない事ではありますけれど。
 「あちら側」の件についてはまた後ほどという事で、こちらの事件は先日も書いたような日本の品質神話や職人気質と関わる問題だと私は捉えているんですよね。トヨタ自動車のクレームの続発、三菱重工の今回の単純ミス、いすゞ自動車のリコール対応怠慢など、少し前の物作りの現場では考えられなかったような事が頻発しています。食品業界では時代のニーズを理解出来ないままに古い体質のままで利益追求をした結果が昨今の賞味期限、消費期限偽装や材料のごまかしなどの発覚で、工業製品とは根本的な違いがあるようにも思います(とはいえ根底では共通点があると思いますけど)。
工業製品の品質管理についてはトヨタと松下が日本の最先端とまでいわれ、三菱はクリーンルームによる精密微小加工に関するノウハウを持ち、これまた日本の最先端とまでいわれていた企業で、三社共に物作りに関する膨大なノウハウと、経験を持っているんですよね。野辺山にある日本最大の電波望遠鏡のパラボラアンテナは三菱だからこその技術で45メートルもの直径のパラボラ面の鏡面制度が100ミクロン以下というとてつもない精度が出せているんだとか。また、松下は今から約20年前には既に不良率管理を「ppm(parts per million)」(1/100万)で管理していて、当時の一般的な不良率0.3%の1,000倍の管理基準を掲げていました。また、トヨタも、全社・全部門で「QC活動」を徹底し、製品の質はもとより、仕事の質の改善にも取り組んでいました。これらの取り組みは後の日本企業の管理やものづくりの全般に多大な影響を与えた訳ですが、そのリーダー達の神話が今ガタガタと崩れている訳です。
品質管理の基準は、今ではISO9000シリーズの認定を受け、ISO方式の管理手法でコントロールしているところが多くなっています。「これがグローバルスタンダードだ」という事ですけれど、実はこの辺りに落とし穴があるんじゃないのかと私は思っているんですよね。
 例えば、NASAはNASAの独自基準というものを持っています。ISO9000の認定を受けた工場で作られていようがどうしようがこのNASA基準を満たさないものは使わない。だからこそ、NASAはそのブランドを維持している訳です。日本も、以前はJIS基準によってものが作られていました。当時は世界一厳しい基準といわれていたJIS基準だからこそ、日本製品に対する信頼度は他の国のそれを凌いでいたのだと私は思っています。ところが、ヨーロッパの統一によりISO企画が幅を利かせる事になると、EUへ売り込む、あるいは持ち込むためにはISOをクリアしている事が重要となり、日本もそれに倣えとばかりにISOを導入し、いつの間にかJISは端っこに追いやられた感があります。
 実は、端っこに追いやられたのは「JIS」という規格ではなく、「JIS」に代表される日本人のものづくり思想だったのではないかと思う訳ですよ。ISOの合理精神は「基準を満たしていればOK」を非常に判りやすく、取り組みやすいものです。ところが、それは反面で「基準さえ満たしていれば良いのだ」という事を意味し、それまで持ち続けていた「絶えず最良を目指す」精神を退けてしまったのではないでしょうか。ISOの落とし穴というのは実はここに存在していて、これに慣れてしまうと、基準値以上に高度な管理をする事がある意味非合理的で非経済的な事という事になってしまいます。これはある意味では正しい事ですが、純粋にものづくりという観点ではあまり正しい事ではないと感じます。「ものづくり立国」だなんていうのなら、まずはこの部分を見直し、日本独自の品質基準を更に高いレベルに設定してそれらを維持していく事が大切なんじゃないかと思いますね。新しい時代のJIS規格を世界に誇る品質の証明として制定するっていうのは如何でしょうか。

 「あちら側」を考えてみると、今最も話題になっているのは船場吉兆の賞味期限偽装や吉兆本店の材料偽装の問題で、経営者側は現場の担当者が勝手にやった事として責任を現場に転嫁してしまおうとしていますが、こんな事、あり得る訳が無いんですよね。それをあえて現場の責任にしてしまおうとしている経営者の底の浅さというのが大きな問題ですよね。これは、経営者が経営者としての責任を果たさないで逃げてしまおうという姿勢の表れで、経営者としての資質に欠けているという事ではないでしょうか。