川辺のタヌキ
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  • 大阪で活動している手話通訳者。大学で芸術学部に在籍するもなぜか福祉分野へ。
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自己負担
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 雨。 月齢25.6 

 九州南部と四国も梅雨入りしたとの事。関西ももうすぐ梅雨入りなんでしょうね。

 昨日のエントリーで、橋下知事のコメント(「警察力、障害者支援、切迫した命にかかわることは、財政状況がどうであれ堅持しなければならない」)と、障害者白書を紹介し、問題点として見えてきた自己負担の生活への影響という事を挙げた訳ですが、今朝の新聞の記事によると、橋下知事は乳幼児や高齢者、障害者、ひとり親世帯への医療助成制度の削減を表明、来年度から実施するとの事。これは昨日の同知事のコメントとは少しズレている印象を持つモノで、障害者白書が問題点としてあげている「費用負担への不満」を理解しないものとなっています。
 具体的には、現在1ヶ月の間に1医療機関で支払う自己負担が1回500円、上限1,000円となっているものを1割負担に変更し、上限を2,500円とするという事。また、支払上限の 2,500円を超えた分に関しては地元の市町村で返還してもらうという事になっているようです。つまり、病院の窓口では2,500円を超えても1割負担で支払わなければいけないという事で、後で戻ってくるとは言え支払の負担がかかるのと、市町村の担当窓口まで出向いて還付してもらわないといけないという事でその分の負担も増えるという事になります。サラリーマンならわざわざ休みを取らない事には還付してもらえないという事で、何をしてるか解らないような事になりそうです。
 高齢者や障害者の医療費がかさむからという事で、国は後期高齢者医療制度を作り、府は助成金を削減するという事のようですが、高齢者や障害者が病気になり易かったり体調が悪くなり易いのは当人の責任かというとそうではない筈なんですよね。そのところ、きちんと理解して頂いているのでしょうか。
 例えば、脊椎損傷の方の中には首から下の感覚が完全に麻痺されている方がおられます。痛点や温点などの痛みや温度を感じる神経も障害を受けている訳で、自分の身体でありながら温度管理が出来ない人がいます。そうなると、風邪をひきやすくなったり逆に、熱が身体にこもり、発散させられないので熱射病にかかったりします。これは彼らの責任なんでしょうか。
 聴覚障害者の中には病気に関する理解が乏しく、病識に乏しい人が沢山います。彼らの中には「糖尿病」の意味がよく判らず、しばらく薬を飲んでいて調子がよくなると完治したモノだと思い込み、通院を辞めてしまう人も少なくありません。そうなると今度病院へ行く時は症状が悪化したから病院へ行こうと思った時という事になる訳で、治療にかかる費用も膨れあがります。高齢者も同様で、風邪は万病のもとといいますが、高齢者の風邪はともすれば肺炎へと移行しやすいもので、肺炎になってしまうと場合によっては命に関わる事になりますし、そうでなくても寝付いてしまって余計に体力を落としてしまうなんていう事にもなりかねません。これらを予防する為にも早期の治療が重要になる訳です。
 厚労省の某幹部はとある講演会で「高齢者自身も痛みを感じてもらう為に………」というような事を(おそらくこれが本音なんでしょうが)言っています。彼らが見ているのは当事者の健康やQOLではなく目の前の予算削減で、言い換えるとそこに暮らす人々を見ているのではなく机の上に存在する数字のみを見ているという事でしょう。「痛みとは何か」という事をこの幹部は正確に理解していないままに小泉氏が使い流行したこの言葉をその流れのままに使っているに過ぎず、「痛みを分かち合う」とさえ言えば何でも通るおまじない程度にしま思っていないのではないでしょうか。真に彼が痛みを分かち合うという事が解っているのなら、彼自身が官僚としての特権を放棄し、自営業の一般国民と同じように国民年金で老後を暮らすべきではないでしょうか。当然、「天下り」だなんていう特権なんて放棄し、高齢者が仕事に就くという事の大変さを国民と共に痛みとして感じるべきでしょう。


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現実を見よ
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 晴れのち曇り。 月齢24.6 二十六夜

 橋下知事が警察人員の削減や障害福祉、医療に関してPT案では削減を挙げていましたがこれを撤回、「警察力、障害者支援、切迫した命にかかわることは、財政状況がどうであれ堅持しなければならない」とコメントしています。ま、これが現実という事ではないでしょうか。治安維持を軽視し、障害者を見放し、医療を切り捨てるのは府が責任を持つべき政(まつりごと)を放棄するという事で、それなら「府」なんて言う組織はそもそも必要ないものという事になります。道州制の導入が昨今では議論されていますが、いっそのこと早く府県を廃止して州へ移行し、各市町村の権限を強化するべきではないでしょうか。そうした方が税金をより効率的に利用する事が出来ると思うのですけどね。
 財政再建は必要な事ですが、そのために暮らしが潰れてしまうとか、命に関わる危険が大きくなるという事が起きるのは本末転倒です。障害者や高齢者の暮らしはそれでなくても逼迫し、苦しい状況が続いています。障害者自立支援法の自己負担に関してもようやく個人の所得を基本に計算される事になったところだというのに、高齢者医療は家族の所得を基本として計算しようという自立とはかけ離れた考え方をまだしようとしています。これは同じ厚生労働省の仕事でありながら全くの縦割り仕事で、思想の統一性に欠けたモノです。そもそも自己に責任がないのに、自立のための自己負担を強いられる事自体に大きな問題がある訳ですが、こういった矛盾は一体どうすれば消えるのでしょうね。
 今日閣議決定された「2008年障害者白書」によると、障害福祉に満足しているという声は67.9%、不満であるとするのは32.7%で、満足の理由としては「職員や介護者等の接し方が良い」が62.8%と、現場の担当者に対する評価は概ね高いと考えて良いようです。問題は「不満である」とする理由で、「費用負担」の37.6%が最も多く、次いで「サービス内容が制限されている」が36.8%となっています。介護保健制度や支援費制度が始まった時には「自分に必要なサービスが何かを自分が選び、決める事が出来る」というのがもっとも大きなメリットであると謳われていた訳ですが、現実にはそうではないというのがこの数字を見ると解るのではないでしょうか。また、その自己負担が様々な意味で生活の負担になっているケースが多く、利用したくても費用的な制限がかかってしまうなどの問題もあると考えられます。また、医療・保健に関しても同様に調査されていて、満足であるとするのが67.9%、不満であるとするのが25%、不満とする理由はこれも「費用負担」が45.7%と不満の一位となっています。
 福祉サービスや医療制度を利用しなければいけない状態の人というのは多くの場合所得がそう多くない訳で、所得の格差は広がっていますが、障害や疾病を起こす事は所得とは関係なく平等にある訳で、現在の制度では所得の多い人は十分なサービスを受けれたり、医療も最新の高度な治療が受けられたりと所得格差は障害や疾病の発症後のQOLの差を決定づける事になります。こういった事も憲法25条に違反しているのではないかと考える事が出来ます。これらの現実を見た時に、橋下氏は財政の健全化と最低限の健康で文化的な暮らしの保障とどちらを選ぶのでしょうか。人の命は何物にも変えられないと本気で思っているのなら、財政再建とは別にこれらの関しては保障し続ける事が行政としての責任ではないでしょうか。


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中国の胃袋 日本の胃袋
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 晴れ。 月齢23.6 有明月

 来月からガソリンがまた一気に9〜10円くらい値上がりするという話が出ていますが、燃料の高騰は車のみならず、マグロ漁にまで影響しているようです。マグロはえ縄漁漁船の燃料価格はこの2年で約2倍になってしまっているそうで、はえ縄漁のコストの約40%が燃料費というとんでもない比率になってしまっているんだそうです。この高騰で1シーズンに1船当たり約4,000万円の赤字が出てしまうという事で、大衆マグロと言われるキハダマグロやメバチマグロ等に関しては休漁するという騒ぎになっています。これらの大衆マグロは約10年間市場価格も据置という状態で、漁をすればする程赤字が出ると言う事になってしまうんだそうです。高級マグロの本マグロやインドマグロなどは休漁しないそうですが、そもそも高くて我が家の食卓には殆ど上らないようなもの。その上、ここのところマグロを食べる国が増え、中国もマグロを食べるようになってきた事もあって供給が追い付かない状態の上に環境保護の為に漁獲量の制限をするという事になってきていますし、近年では市場に出ているマグロを中国に買い負けしている状態で、日本では食べられなくなるかも知れませんね。近畿大学がマグロの養殖を本格的に始めていますが、まだまだ供給量はそれ程多くはないのでこれがもっと大規模になって市場にもっと出回るようになれば環境問題や気候の変化にそれ程左右されず、燃料費の高騰も漁に出るほどに影響はないでしょうから安定した価格で安定した量を供給出来るようになるでしょう。そうなれば中国に買い負けることもなく、美味しいマグロを課程で食べることが出来たり、将来の食糧難への対策にもなるのではないでしょうか。
 中国という国は土地の広さはもとより、人口も約13億人と日本の10倍の人が住んでいます。つまり、日本の10倍の市場が存在し、日本の10倍の規模で消費活動が進む可能性があるということになります。日本の10倍といわれてもピント来ないでしょうが、これは途方もない量で、まるでイナゴが大量発生して田畑を食い潰していくような勢いです。中国は工業生産能力の向上を目指していますから、農村部の人ではますます都市部に流入し、郊外の工場で働く人が増えてくるでしょう。工業生産能力は今後どんどん上がるでしょう。そうなると工業生産へと移行した人手の分が農業生産で減っていく訳ですから、当然のこととして農業生産能力は減退していくでしょう。日本が歩んできたと同じ道を中国が歩むとすると、減退した農業生産能力の分を補うために海外から輸入するという事になる訳ですが、この桁外れの必要量を補うっていうのはおそらく無理なんじゃないでしょうか。
 折しも四川大地震で大きな被害を出している中国の四川省は中国有数の稲作地帯でもあり、稲作にどの程度の被害が出ているのかはまだよく判りませんが、少なからぬ被害を出しているだろう事は想像に易いことです。胡錦涛氏の来日の際、日本米の輸入の自由化が復活していますし、「日本米は美味い」という事はもう中国でも周知の事実ですから、中国の富裕層はこぞって日本米を食べるでしょう。中国の富裕層は日本の富裕層以上にお金を持っています。日本以上に富の集中の構造が出来ている中国では富裕層の消費行動はとても旺盛で通常の米野20倍もの値段の日本米を易々と買っていっています。この傾向はこれからも続くでしょうし、そうなった時に日本人が食べる米は残るのでしょうか。マグロのみならず、米さえも日本の食卓から消えてしまう日が来るのかも知れませんね。
 これは日本政府が適切な対応をしないままにしていれば無くなるまでは行かなくても国産米の値上がりが始まり、食べられなくなる可能性は十分に考えられます。それでなくても食糧自給率の低い日本、中国の地震が日本人の胃袋を揺るがすことになるかも知れませんね。

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変わらぬ体質 変わらぬ対応
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 晴れ時々曇り。のち雨。 月齢23.6 有明月

 朝青龍と白鵬の件ですが、日本相撲協会は両横綱を呼び出し、理事長自ら厳重注意を言いつけるという処分をしたようですが、これが処分ですか?白鵬はまだしも、朝青龍は毎度毎度の事で、前回の注意も結局意味を成していなかったという事がこれで判った訳ですから、もっと厳しい処分を科すべきなんじゃないでしょうか。どうしてこうもあの理事長は朝青龍に甘いのでしょうかね。ここにも変わらぬ体質があるようですが、このままだと相撲は国民から見放されてしまうでしょうね。

 通訳協会の総会議案書が当の総会が済んだ後になって家に届いたという話を以前のエントリー(「憲法記念日に」)で紹介したのですが、その後、どうしてこの時期になって議案書を送付してきたのか、総会に参加出来たのに、どうして総会への参加案内をしなかったのか、昨年の総会の際に「透明性」を掲げて理事になった人がいるくらいなのに、どうして透明性については一切検証されないままなのかという3点についての質問を総会議案書を送付してきた通訳協会の事務局へ送りました。5月20日の回答期限をこちらで設定した上で、5月4日に送った訳ですが、例によって例の如く、期限を既に1週間過ぎた現在も回答どころか何らかの連絡すら無いまま放置状態のようです。ま、こういう体質だって言う事は解っていた訳ですが、新年度になって新しい体制になった訳ですからその辺りも少しは変わったのかと少し期待していたのですが、全くの期待外れのようです。
 これのみならず前回の質問にしても回答期限を1ヶ月過ぎても何らリアクションが無いままで何ら善処しようという態度が感じられないのでこれら全てに関して通訳協会ではなく市当局も含めて回答するべき立場にある部所へ報告と質問をする事にします。場合によっては今以上にややこしい事になるかも知れませんが、それはつまり自業自得というものですから仕方がないですね。それにしても、派遣事業を市に返すとかどうとかっていう騒動の時に、密室で進める体質を攻め、手話サークルや聴協など関係団体と協議するよう激しく糾弾した私に対して「仕事として進めていますので運動とは別の問題です」と言ってのけた理事や昨年の総会の際に「マニュフェスト」だと言って透明性の確保を掲げて理事になった人はこういう状況を恥ずかしいとは思わないのでしょうか。結果からいえば恥ずかしいと思っていないからこそ、こういう状況になっているのでしょうし、私に総会の議案書を送りつけてきた事務局は当の「仕事として………」と言った人ですから、回答も仕事としてきちんと対応して貰いたいモノです。こういう琴を続けるのは結果として通訳協会の信用を貶める事になるという単純な事にどうして気が付かないのか私には理解できません。私のようなバカにはきっと理解できないようなとても高度な理屈があるのでしょうね。

 橋下知事の財政危機対策に対して私がどうしても納得が出来ないそもそもの理由は元々橋下知事は選挙の際に「財政再建をやります」といって当選した人ではないという事です。彼は「子どもが笑う街づくりをする」と言い、「弱者を守る」という事を言い、その結果、多くの人が投票して当選したはずです。当選した途端に掌を返したように全く違う政策を打ち出し、「財政再建のためには我慢して貰う」と言い出したのは選挙で嘘をついて票を集め、結果として府民を欺いたという事になるのではないでしょうか。財政再建をしなければいけないのは事実です。事実ですが、これ程性急にしなければいけない状況ではないという事もまた事実です。これでは府民の体力が無くなり、借金を返しても笑えない状況しか残らないのではないでしょうか。多くの教育支援を失い、子どもたちは将来本当に笑えるのでしょうか。「障害者にも我慢して貰う」と言って現状でさえ我慢を強いられている障害者にこれ以上何を我慢せよと言うのでしょうか。


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品格
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 晴れ。 月齢21.6 二十三夜

 NASAの発表によると、火星探査機「フェニックス」が日本時間26日午前8時53分ごろ火星の北極付近、地球で言えばアラスカの北部にあたる地域に着陸、早速着陸地点付近の映像を送ってきています。ここのところ探査機の着陸にはエアバッグを使った軟着陸という方法を採る事が多かったのですが、今回は探査機の重量が大きい事から大気圏突入後まずパラシュートを展開し、ある程度減速できたところで逆推進ロケットを噴射、火星の地面に時速約8キロメートルで軟着陸するという方法をとっています。実はフェニックスの軟着陸の様子を火星の上空310kmを周回中の米探査機マーズ・リコネサンス・オービター(MRO)が高解像度カメラでの撮影に成功しています。カメラに捉えられたのはパラシュートを展開して減速している状態のフェニックスで、軟着陸中の探査機を他の探査機や衛星で捉える事に成功したのは初めての事なんだそうです。凄いですね。既に火星の北極付近への着陸に成功しているフェニックス。今後は土壌の調査や周囲の撮影などを行い、火星に存在するといわれている水の存在を確認し、何らかの生物の痕跡を発見する事が出来れば大成功なんですが、どうなんでしょうね。もしかしたら、探査機のカメラの真後ろに火星人がいてカメラに写らないように慎重に移動しながら探査機の観察をしていたりして。出しゃばらず、それでいて上手く隠れてバレないようにコントロールするのは火星人の品格だったりして。

 大相撲千秋楽の横綱戦の醜態が初優勝の琴欧州の喜びに泥を塗った感じになってしまいました。日本相撲協会の理事長は白鵬が悪いとしていますが、両手を土俵についている相手を更に突こうとしている様子はどう見てもダメ押しでそれに腹を立てて白鵬が方を突き出したという流れなんじゃないでしょうか。この対戦のみならず朝青龍のダメ押しや負けが解っている相手を更に押し出すような行為は今までも日常茶飯事のようにあった訳で、今回のものはその中の最たるものではないかと思います。これで白鵬のみを処分なんてことになれば、相撲人気は益々なくなるでしょうし、過去のものも考えれば累積で朝青龍の方が処分が重くても当然と見るのが普通の感覚ではないでしょうかね。これじゃ後に続く人達の模範とはならないのじゃないでしょうか。去年のゴタゴタで彼は反省した上で記者会見をしたのじゃなかったのでしょうか。これでは何処をどう反省したのか全く解りませんね。いっその事、もう朝青龍は引退してもらった方が良いんじゃないでしょうか。品格の全くうかがえない横綱は要りません。

 橋下知事の掲げるPT案に、「学校支援人材バンク」の廃止が含まれているようです。この支援バンク制度、多くの学校が様々な方法で利用していて、福祉分野に力を入れている学校はこの制度を利用して医師や看護師、介護福祉士等を招いてヘルパー2級の資格取得を目指すコースを設置したりしています。私たちにもっと身近な例だと府立高校に通う聴覚障害学生への手話通訳派遣をこの制度を利用して予算取りし、派遣した実績があります。つまり、この制度が廃止されると、上記の2級のホームヘルパー資格取得コースや聴覚障害学生への情報保障が出来なくなる可能性が高くなるわけです。また、地域住民や何らかの技術を持つ人を教育の場に招き、社会や仕事について現実にそこに携わっている人から生の声を聞くというのはこの上ない生の教育なのではないでしょうか。こういった事の大切さがどうして彼らには理解できないのでしょうね。本来ならこの制度をもっと拡大して、戦争体験や震災体験を話して貰う機会を増やしたり、農家の方を招いて野菜や米の栽培のたいへんさや楽しさを話して頂くという事からそれぞれの問題や、農業に興味をいだく子供が増えるかも知れない訳で、それ以外でも様々な職種の人がそれぞれの仕事の中身を当事者の声として伝える事は子どもにとって職業を具体的に感じる事の出来るまたとない機会なのではないでしょうか。聴覚障害児教育の中でよく言われる「ロールモデルの重要性」は実は健常児にとっても同じ事で、具体的な将来の職業を想像するには現実にその仕事をしている人を目の当たりにする事が大切だと思います。子どもと大人の接点が減っている現代においてはこうした「学校支援人材バンク」のような制度は貴重な制度だと私は思います。例えばね、それこそ、JAXAの職員がこういう制度を利用して高校で授業をするとか、バイオ燃料の研究をしている人が授業をするとかっていう事があると、科学に興味を持つ子供も増えるんじゃないでしょうかね。
 そもそも学校支援人材バンクの成立背景には学校の先生だけでは社会(世の中)を教える事が出来ないという問題をどう解決するのかといった問題があったのではないかと思っています。この制度を廃止するのであれば、この制度に変わるより効率的で的確な代替え方法を提示した上で、「だから必要ない」というレッテルを貼って頂きたいモノです。これは橋下氏がよく言う「ダメだというのなら代案を出せ」と同じです。学校支援人材バンクを廃止するのであればそれに変わるよりよい制度を提案して下さい。情報保障に関しても、そもそもこの制度を利用するというのはいわば暫定的な「応急処置」で、この制度の意味性とはあまり相容れないモノであると考えています。情報保障システムに関しても、より良い本筋を通した制度の提示をお願いいたします。聴覚障害学生を受け入れた責任は学校と府にあるのですから。人を導くべき教育の場として、知事として、そして公正や公平について常に考える立場にある弁護士としての品格ある為し方をお示し頂きたいモノです。


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 晴れ時々雨。 月齢20.6 宵月

 基本的には良い天気でしたけど、朝方と夕方に少し夕立が降るちょっと変わった天気でした。入道雲の季節になってきたようですね。

 厚労省の発表によると、2007年度に「心の病になった」として労災の認定が降りた人は前年度比で3割り増しの268人。これは過去最大の人数なんだそうです。このうちで自殺(未遂を含む)の81人と前年度より15人多くなっているようで、職場での精神的プレッシャーやストレスが益々大きくなってきている傾向を表しています。年代別に見ると30代が37%と一番多く、次いで20代(25%)、40代(23%)となっているようです。
 また、この発表では、「長時間労働などで脳や心臓の病気になり、労災認定を受けた人も過去最多・・・」という事が書かれていますが、おそらくこの「脳の病気」というのは脳血管障害、つまり、いわゆる卒中の事を指しているのだろうと思っています。心臓病も脳血管障害もストレスとの関連性については研究がされていて、厚労省の発表とも合致するモノになっています。ただし、これらの病気による死者は142人と前年より5人減少していて、これらの病気への初期対応の重要性などが広く知られるようになった結果ではないでしょうか。
 心の病が過去最悪の状態になった理由について成果主義導入により競争の激化や人間関係の崩壊が起き、弱みを見せない為に1人でギリギリまで頑張る為、気が付いた時には手遅れになっているケースが増えているという事を挙げています。企業は益々そこで働く人達を取り換えの効く消耗部品程度にしか思っていないという事がここからも現れているのではないでしょうか。こういった職場環境の悪化を深刻化させた背景には非正規雇用労働者の多用というのがあるのではないでしょうか。彼らにとっては明日の仕事を確保する為にはギリギリまで頑張って自分の能力を評価し続けてもらう事が必要で、その結果、低賃金で正規社員と同等かそれ以上の成果を求められ、自らを破壊しながら働くという事を強いられてしまいます。
 考えて見ると非正規社員と正規社員、高齢者と若者、高所得者と低所得者、地方と都心部といった対立構造を労働問題にせよ医療や福祉問題にせよ、あらゆる分野で作り出し、その両者で利害を争わせて漁夫の利を得ているのは政府や官僚といった状況が存在しているように感じます。彼らにとって国民とはマトリックス上に分布する数字でしかないという気がしますね。だからこそ、何の根拠もなく「75歳以上は後期高齢者」といった線引きが可能なのではないでしょうか。「公平で公正」である事を第一義とするあまり、その対象者が血の通った人間であるという事を忘れてしまっているのではないでしょうか。


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ちょっとピンボケ
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 曇り時々雨。 月齢19.6 宵月

 朝からずっと降ったりやんだりで時々少し青空が覗いたりするよく判らない天気。
 我が家には数冊の写真集があって、お気に入りの写真集なので時々取り出してみています。その中の一冊は大半がモノクロの戦場写真の写真集があります。スペインの内乱で撃たれ、崩れ落ちる兵士の写真やノルマンディー上陸作戦の際の最前線の兵士の上陸の様子、コペンハーゲンで演説するトロツキーやパリ奪取の際に撮られた行進する市民の写真、ひとときの安らぎの中で恋人と肩を並べて歩く兵士の写真など戦争の中で人々が生きている様子を克明に写した写真は「人間」を感じさせるものです。彼は1954年の4月にカメラ毎日の創刊記念として日本に招かれ、第二次大戦の終結から9年を経た日本を見て歩き、「ただいま失業中」と書かれた名刺を誇らしく配っていたそうです。が、ライフ誌からの依頼でインドネシア戦争の取材をする事になり、日本から南ベトナムへと旅立ちます。その際、すぐに日本に戻ってくるつもりで様々な身の回り品を日本に置いたままにしていたそうです。その年の5月25日、洗浄の取材活動中に地雷に抵触。爆発により死亡しています。その時、手にしていた2つのカメラの内ひとつはニコンのレンジファインダーカメラ。その時にニコンSに入っていたフィルムは回収されて現像されています。彼の名前はロバート・キャパ。「従軍カメラマン(ただいま失業中)」と書かれた名刺は戦争のない社会を彼なりに讃えていたものだったのでしょう。キャパの死から既に54年が経ち、からが地雷で亡くなった場所は韓国企業の工場が建ち、そんな事があったとは到底思えないような様子になっているそうです。54年前に彼が写した日本の子ども達は既に60歳前後になっています。キャパが彼らを通して見た日本はどんなふうだったのでしょうか。


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雨の降る日は天気が悪い
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 雨。 月齢18.6 更待月

 昼前からずっと雨が降っていますが、沖縄ではもう梅雨入りしたとか。もうそろそろ梅雨ですね。気象庁の長期予報によると、降水量は平年並みもしくはそれ以上になりそうだという事ですし、気温も上がりそうです。今年の夏も猛暑になりそうな気配ですね。

 NASA がハッブル宇宙望遠鏡の生誕18年を祝って衝突銀河の画像59枚をハッブル宇宙望遠鏡の公式サイト「HUBBLESITE」で公開しています。衝突銀河というのは銀河同士がぶつかっている状態のモノで、実は宇宙中を見渡すと結構沢山あるんですよね。大マゼラン星雲と天の川銀河も、実は衝突銀河のような関係で、棒渦巻状の銀河だった大マゼラン星雲を天の川銀河が捕獲、衝突し、マゼラニックストリームと呼ばれるガスで繋がっているんですよね。将来的には大マゼラン星雲は天の川銀河に飲み込まれるだろうと言われています。
 衝突している銀河とはいえ、銀河の中の星の密度は平均するとユーラシア大陸に蝶々が3匹飛んでいる程度の密度なので、星同士が衝突するというような事は殆ど起こっていないようですが、それでも星間ガスが圧縮されたりすることで、沢山の星が生まれたり、ガスが大きな恒星に引きずり込まれて超新星化したりとダイナミックな事がそこここで起きているようです。とは言え、密度が密度なので、例えば天の川銀河と他の銀河が衝突していたとしても、中にいる私たちに何らかの影響があるかというとあまり大きな影響はなさそうです。それでも、銀河が二つ分の星空ですから、とても綺麗なんでしょうね。
 衝突銀河といえばその代表例としてとても有名なものの一つに「アンテナ銀河」と呼ばれている衝突銀河があります。これはNGC4038とNGC4039という銀河が衝突し、交差しているような姿をしています。この二つの銀河の中心部分から尾のように伸びた部分がアンテナのように見えることから「アンテナ銀河」と呼ばれている訳ですが、従来は6,500万光年の彼方にあるとされていたものが、ハッブル宇宙望遠鏡の観測により、実はもっと近くて4,500万光年の距離にあることが判りました。このアンテナ銀河は約9億年前に接近し始め、6億年前に両銀河の本体部分が通り抜け、約3億年前頃に本体からガスや星が流出して触角状の突起した流れとなったとされています。これから約4億年後には二つの銀河が完全に融合し一つになるだろうと見られています。また、私たちの天の川銀河も、お隣のアンドロメダ銀河と数十億年後には衝突するだろうと言われています。もっとも、その頃には人類はもう生きていないでしょうし、地球も現在の姿とは全く違った状態になっているでしょうけれど。雨の降る日はせめてこうやって大空を想うと少しは気分が晴れませんか?


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労働力
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 インドネシアからの看護師と介護士の受け入れが経済連携協定に基づいて正式に決まった訳ですが、まだまだ様々な課題が残されたままになっているようです。実際に医療や介護の現場では慢性的な人手不足の状態が続いていて、人手不足が余計に現場の負荷を大きくしていてそれが現場の人間の負担になり、過度な負荷が現場で働く看護師や介護士の意欲や身体を蝕み、職場から去る決心をさせてしまい、その結果また人手不足になるというマイナスのスパイラルがそこに存在しています。
 人手の不足には他にも様々な要因があり、その一つに少子高齢化、人口減少による労働力人口の減少というのがあります。この部分を補う意味で、今回のインドネシアからの労働力受け入れは大きな意味があると思うんですけどね、デモね、それ以外の問題が解決していない中で外国人労働力に頼る事で安易に人手を賄おうというのはちょっと違うんじゃないかなと思っています。実は、看護師や介護士などの職に就きたいと思っている日本人って結構居るんですよね。ただね、労働環境や条件が悪いために長く続かないという問題があるんですよね。
 例えば、介護士などの場合、介護保健が始まって民間の事業所が参入し始めて多くの労働力を必要とした訳ですが、開始当初はそこそこの給料が保障され、多くの人たちがこぞって介護士やケアマネージャーなどになりましたが、介護報酬の見直しの度にどんどん報酬額が引き下げられ、その結果現場の人間の給料の引き下げられたり据え置かれたりという状態が続き、ひとりが生活するのがやっとの状態で結婚する事も出来ないといった状況を招き、将来のことを考える若い人たちが続けたいと思いながらも職を離れざるを得ない状況がずっと続いています。看護師にしても、介護士ほどではないにせよあまり変わらない状況が続いています。厳しい要求、使命感、それに見合わない低い報酬。これらが改善されない限りこれらの職を続けていくことは難しいのかも知れません。厚労省の発表によると、看護師は約3万7,000人が不足し、約200万人いるといわれる介護職員は一年でその20%が離職しています。
 外国人労働力に現場が求めているものはなんでしょうか。日本人の労働者がその報酬の低さから定着しない現場でも、外国人労働者にとっては高収入で働けるとても良い職場と感じることが沢山あります。雇用側がこの部分につけ込んで、定額でも働いてくれる労働力として外国人労働力を見ているとすると、これは日本人労働者にとって脅威でしかありませんし、結果としてその職場が職場としての環境の改善には繋がりません。日本人労働者との確執にも繋がる可能性が出てきます。インドネシア側からは給与額について「月額で看護師は20万円以上、介護士は17万円以上」という希望額の提示がでていますが、日本側は「受け入れ施設側に希望額として伝える」という返事をするに留まっています。現在の病院や介護施設の経営状態からいえば給与額は低ければ低いほど嬉しいというのが本音でしょうし、そうなると日本人労働屋との確執や職場内格差の原因になります。こういったことを真剣に考えないと将来の日本の医療や福祉の現場はますますボロボロになるでしょう。また、インドネシアからの労働者に対しては半年間の日本語研修とそれぞれの基礎学習を受ける事が義務となっている訳ですが、半年間の研修だけでは語学の収得すらままならないのではないかといった意見も出ていますし、日本語研修の費用として1人当たり約60万円の費用を受け入れ施設側が負担するという事等から受け入れ施設側のメリットが少ないという声があるようですが、「メリット」はそもそも人手の充足だった筈で、その為の費用負担はそんなに大きなデメリットなのでしょうか。この「声」はつまりはローコストで労働力を手に入れる事が出来ると思っていた施設側の思惑が外れたという事を意味しているのではないでしょうか。そうであればそもそも考え方自体が間違っているという事になりますね。
 厚労省は見直しの度に介護報酬額を引き下げてきていますが、諸悪の根源はここにあるのじゃないでしょうか。大学は介護職や福祉職の養成学科を増やしています。つまり、質の良い日本人労働者は潜在的に沢山あるんですよね。ところが報酬があまりにも低過ぎるために「生業」としてこの食を選ぶ事が出来ないという構造がここにはある訳で、この部分を改善する事こそまず必要な事ではないでしょうか。道路特定財源の廃止議論の中で「本当に必要なのか道路ではなく道路工事である」というような話が出てきていました。つまり、不要な道路であっても工事を行う事により土木建築業者の仕事を確保する事が第一の目的だという事ですが、そもそも土木建築業に頼ってきた産業構造自体が終焉を迎えている訳で、新しい時代の産業構造を見直し、従来土木建築業がその位置を占めていた場所を明け渡して新しい業種に入れ換えるべきなのじゃないでしょうか。高齢社会を支える業種とは介護職や福祉職、医療職といった業種ではないでしょうか。
 時代の変化に適応出来ない人達はダーウィンの言葉を引き合いに出すまでもなく滅びるしかないのではないかと思いますけどね。


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カイゼン
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 晴れ。 月齢17.6 寝待月

 トヨタが「カイゼン」と呼ばれるQC活動に対して全面的に残業代を支払う事を決めまたそうです。「カイゼン」は「コウバン」などと同様、実はもう世界共通語で、トヨタの世界進出と共に広まった品質を中心とした業務改善活動の事を指しています。品質改善というと、元を糺せばアメリカが発祥の地で、NASAがアポロ計画の頃に取り組んでいたものがその後、松下やトヨタが歩留まり向上を目的として取り入れ、QC(クオリティコントロール)活動として日本中に広まりました。松下やトヨタは共栄企業や関係企業にも自社のQC活動に積極的に参加するよう求め、その手法や取り組み方についての指導や研修もしていました。前にもここで触れた事があったと思いますがアメリカの某コネクターメーカーが不良率を3%見込んで、その分を多めに、つまり、100個注文するとプラス3個納品してきていた頃に、既に松下は不良率0.3%でコントロールしていましたし、その後すぐに「ppm(1ppmは1/100万)」管理を始めています。また、品質管理のみならず、この手法を事務や営業を含めた業務全般に波及させ「無駄取りによる効率化、高収益化」を進めていたのが松下やトヨタでした。ですから当時のQC大会は全社全業種からコンテストでせり上がってきたグループが発表し、優勝グループを表彰までしていました。中には「お茶の入れ方」だとか、「トイレの場所」などといった事についての改善まであり、実際、トヨタはトイレの位置を工場の中心に異動して効率を上げる事に成功しています。いかにも日本らしい改善というか、日本人の生真面目さが出ている活動ですね。こういった地道な活動を積み上げていく中で日本の品質は群を抜いて良くなり、「世界一の物づくり大国」とまで言われるようになった訳ですが、これらの活動や全て基本的には個人の努力、企業内サークルによる活動といった位置づけて進み、それ故、残業扱いはされないままで来たんですよね。これもある意味でいかにも日本人らしい生真面目さと言えるのかも知れません。
 当初、日本でなかなかISO管理が導入されなかった理由の1つが、JIS下の日本の品質があまりにも高く、ISOに切り替える意味を見出せなかったという事があるようです。ISOがワールドスタンダード基準となった後、各企業が慌ててISOへと切り替えた訳ですが、私は日本の物造りが空洞化した原因の1つがこの ISO化だったのではないかと思っています。
 トヨタや松下のみならず、日本企業の競争力はこの改善活動により積み上げられてきたモノを基盤としているといっても良いのではないでしょうか。言い方を変えると、既にこれらの活動が始まった頃から企業による労働者からの搾取は始まっていた(元々そういう構造ですけど)と見る事も出来るのかも知れません。
 今回のトヨタの決定は改善活動を積極的に展開している企業の多くが既に業務として認め、残業代を出しているという現実と、昨今の不当労働の問題等を考慮した結果という事でしょう。費用が出る、残業として認められるのなら、それらに関わっている人のモチベーションももっと上がるのかも知れませんね。結果として人件費が大きくなっても、それを上回る効果のある改善案が出てくればその方が企業としてのメリットはあるという計算なんでしょうね。改善活動そのものがこうして改善された事はとても有意義な事ではないでしょうか。最近ではppm管理に替わってppb(1ppbは1/10億)管理が始まっているそうです。
 労働者の権利として考えると、業務改善運動は業務をより効率的にして生産性を高める為にしている事ですから、これはれっきとした「業務」な訳です。業務として通常の業務時間外にする事ですから、これは残業という事になります。労働者と企業がwin winの関係であるには、企業の生産性向上という結果を出す事に対して相当な報酬を労働者が得る事が必要なのではないでしょうか。


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協働
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 晴れ。 月齢16.6 居待月

 連日、橋下知事がらみの報道が新聞その他に載っている今日この頃ですが、今日もご多分に漏れず新聞の夕刊トップの記事になっていました。平成10年から府が事業化し、実施している「街かどデイハウス事業」という事業が橋下知事の財政再建試案で補助金削減の対象になっている件で補助金維持を訴える署名活動が行われ、約4万 7,000人分の署名が集まり、明日橋下知事に提出する事になっているそうです。
 この「街かどデイハウス事業」は要介護認定を受けていない高齢者を対象として地域で集まって日中を過ごせる場所を提供し、高齢者の引きこもり防止や介護予防を図る意味で実施している事業で、現在府下約160カ所で約5,200人がこれらを利用しています。昨年度の運営予算総額5億7,600万円中府が3/4、市町村が1/4を負担している事業で、これを削減、あるいは打ちきりとするのが財政再建試案で、そうなると完全に事業そのものの存続が危ぶまれる事になります。この事業は全国的にも非常に珍しい事業で、核家族化が進み、高齢者のひとり暮らしが増えている都心部では街全体が子どもや高齢者を守る環境作りがとても大切になります。そういう意味でも高齢者が街と繋がる拠点としての機能や介護予防機能はとても重要なものです。現実にデイハウスで会話を楽しむ事により認知症の進行を抑制出来た例も報告されています。こういった介護予防機能が十分に発揮されれば介護保健を利用する事による介護報酬の支出を削減できる訳で、結果としてより大きな費用的効果をもあげる事が出来る訳です。
 「ニュータウン」と呼ばれた地域の高齢化はどんどん進んでいて、千里ニュータウン(日本最初の大規模ニュータウン開発。1962年入居開始)でも高齢化が進んでいて平成17年の高齢化率は26.1%で全国平均から6ポイントも多い状態で全国的にも高齢者の多い街となっています。私の住んでいる市でも開発当時「東洋一のマンモス団地」と呼ばれた団地がありますが、ここもどんどんと高齢化が進んでいます。高層住宅はその構造上からも孤立してしまい易い環境になってしまいます。「目的もなく出かけて長居する事の出来る場所」というのは様々な意味で実はとても大切な場所です。社会の中で自分の居場所を確認する事が出来るというのは自己の存在意義を再確認する事が出来、生きる意味を見いだし、健康で長生きしようという気持ちを沸き起こす原動力となります。こういう大切な事業を削って、誰も来ないような田舎の街並みをイルミネーションで飾る事にどんな意義があるというのでしょうか。
 行政と市民が協働して始めて成り立つこういった事業をそれも、大坂の独自性の高い事業として全国に先駆けてモデルケースとして始めた事業を行政の一方的な都合で潰してしまう事にどれだけの意義があるのでしょうか。むしろこれによる損失は行政と市民の溝を作る事に繋がり、様々な意味で将来取り返す事の出来ない大きな損失になるのではないでしょうか。こういう事業こそ、大阪の再生のために大切な事業だと私は思いますけど。


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何をどれだけ我慢しろというのだろうか
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 晴れ。 月齢15.6 立待月

 橋下大阪府知事は20 日、聴覚障害職員との意見交換の場で手話通訳者を介して語りかけ、「もし、話すスピードが速かったら言ってください」と言って懇談会を始め、財政再建プログラム試案について「切り捨てにならないよう、最終判断をしたいが、障害を持つ人も我慢はしてもらわないといけない事もある」と説明したそうです。この記事からでは具体的に何をどう我慢せよと言っていたのかは全然判りませんが、ここからこの人の「平等」の基準が推し量られるような気がします。結局のところ、彼の頭の中にある「平等」はコストという基準で出来ているようですね。
 聴覚障害職員との意見交換の場という事なので、当然そこで出てきた話題(課題)は職場でのコミュニケーション保障についてなんだろうと思う訳です。業務遂行上必要な情報保障やコミュニケーション保障をしっかりと確立して欲しいという話題になったのではないでしょうか。それには手話通訳者の配備や職員に対する手話や聴覚障害の問題の周知などと言った事が課題になる訳で、そうするにはコストがかかるので、財政再建プログラムによって職員にかかるコストを削減しようとしている橋下知事にとってはなかなか認められない案件という事になるのではないでしょうか。橋下知事は障害者就労支援施設の視察の際に、「就労は行政がやらなければいけない問題と思っている」とコメントしています。「就労支援」とは単に職場を用意してそこに就職させる事ではなく、仕事を生業として続けていける環境を整える事も含まれています。つまり、障害者が個々の能力を十分に引き出して働く事の出来る環境こそ行政が積極的に関わり、作っていかなければ「就業支援」をした事にはならない訳で、そうであればまずそのモデルケースとして府が障害職員の就業環境を十分に整えるようにする事が必要なんじゃないでしょうか。
 「障害を持つ人も我慢はしてもらわないといけない事もある」というのはつまり、「現状では障害者は我慢していないのだから周りが我慢しているのと同じように障害者も我慢しなければいけない」と言っているのでしょうが、そもそも障害者と健常者ではスタートラインの引かれている場所が違っている訳で、前提となる部分が平等ではないんですよね。平等になっていない分を障害者は最初から我慢させられている訳で、障害者が行っている権利擁護運動はそもそも存在する不利益部分を補わなければいけないからこそ存在していると私は思っています。支援されてこそ始めて平等な位置に上がれる訳で、その「支援を我慢せよ」と言うのは不平等を認めろという事を言っているのと同じではないでしょうか。これは明らかに障害者差別を容認する、いや、障害者差別を容認させようとする発言ではないでしょうか。橋下氏がいかに行政の指導者として、また、政策のクリエイターとして相応しくないかというのはこういうところにも現れているのではないでしょうか。ま、これだけではなく、橋下氏が強力に推し進めようとしている御堂筋のイルミネーション計画にしても、御堂筋の銀杏並木がイルミネーションに合うかどうかという事を考えた事が無かったという発言をしているところからもこの人が緻密な計画や現実的な判断が出来ないで思いつきで発言し、計画を立てようとしているのかが露呈していると私は思っていますけどね。この一反にイルミネーション好きで、今まで沢山女性をイルミネーションで口説いて成功してきたって事なんじゃないですかね。御堂筋や中の島のイルミネーションはまだしも、百舌鳥や古市、富田林のような田舎をイルミネーションで明るくしたところで誰がどうやって見に行くのでしょうか。富田林なんかでそんな事したところでタヌキが迷惑するだけですよ。


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病気とつきあう
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 曇りのち晴れ。 月齢14.6 十六夜 満月

 私の花粉症も昨日今日がピークのようで、目も鼻も真っ赤になって鼻水もくしゃみも目のかゆみもちっとも治まらない状態で顔中グジュグジュになっています。出来るだけ鼻で息せずに口で呼吸しているのでみっともない事この上ない状態です。「雨の降る日は花粉の飛散も少ないので楽」っていう話を聞いていたのですけど、どうやらそうでもない様子。花粉症が完全に治る方法ってないのでしょうか。
 そんなフラフラな頭で色々と考えているので荒唐無稽だったり、意味不明の思考になってしまうかも知れませんので先に断っておく事にしますけど、今日はその花粉症の中で考えた障害と疾病です。
 障害と疾病を並列に考えるのは大きな間違いの元になるので、気を付けないといけない訳ですが、昨今では疾病と障害との区別というのが少々あやふやになってきている傾向もあるんですよね。例えば、1977年に腎臓機能障害が内部障害として認められた事によって、疾病そのものと疾病による後遺症との区別が曖昧になり、この後、こういう傾向が大きくなってきている気がします。障害受容の中で最近は「障害は個性だ」とか、「障害は自分の一部」だとかという言い方で障害を受容し、積極的に生きるという方向を示す人が増えてきています。これはとても素晴らしい事で、障害があっても普通に生きていける社会を目指すためにも彼らがもっと街に出て行くべきなんだろうと思っています。
 以前、神戸のあるろう者に(もうお亡くなりになりましたが有名な方でした)、「人工内耳が有効だとして、あなたは手術を受けて聞こえるようになりたいですか?」と聞いたところ、彼は即座に、「私には聞こえないままに生きる、ろう者として生きる権利がある。」と自信を持って答えられた事があります。私も納得し、「障害者が障害者として生きる権利」というものを考えた事があります。その後、他の障害の方にも同じような質問をした事が何度かありますが、積極的に人生を謳歌していたり楽しんでおられる方は殆どが「このまま障害者と生きていく」という答えをして下さいました。彼らにとって障害とは自分の一部分、個性のようなものであって、切り離しては自己を考えられないという事なのだろうと思います。そういう意味での「障害は個性」だとか「ろうは障害ではなく言語的少数民族」という言い方は少し理解できるんですよね。それでも、それは障害なんですけどね。
 前向きな捉え方として障害を肯定するというか受容するというのはとても大切な事だと思います。では、治らない病気はどうなんだろうかっていう事なんですよね。
 病気といっても、ガンのようにとっても深刻なものから私の花粉症のようなものまで色々ある訳ですが、花粉症も現段階ではまだまだ根治は難しい訳で、治らない病気としてずっとつきあっていかないといけない訳ですよね。治って欲しい事は間違いない訳ですが、治らないとすれば何らかの折り合いをつけながら過ごしていかないといけない訳で、障害とは違った意味で切っても切れない状態になっているという事なんじゃないでしょうか。そんな事で障害受容が判るだなんて事は考えていませんが、治らない病気なら受け入れるしかない訳で、これも受容しなければいけないという事では花粉症も腎臓病も、ガンも同じではないかと思うんですよね。ガンと花粉症じゃ深刻さが大違いではある訳ですけど、花粉症は花粉症で辛いんですよね。って、私もついこないだまでは花粉症がこんなに辛いなんて事全然判らなかったんですけどね。障害がその重軽に関わらず当人にとっては深刻な問題であるのと同じで、病気もガンであろうが花粉症であろうが本人にとっては辛い事には違いないんですよね。
 で、当面の私の課題は「花粉症とどうつきあうか」という事なんですけれど、とりあえず、病院へ行くところから始めましょうか。


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惨状
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 曇りのち雨。 月齢13.6 十五夜

 四川大地震の惨状がどんどんと明らかになってきています。中国当局は死者の推計を5万人としていましたが、18日現在確認されているだけで約3万2,000人、負傷者約2 万人で、依然として多くの人達が生き埋めになっているという事ですから、犠牲者数はもしかしたら6万人を大きく超えていくかも知れません。北京オリンピック委員会も遅ればせながら今になってようやく事の大きさを認め、聖火リレーを3日間中止するという事です。日本からの支援グループも現地で頑張っていますがどうもうまくいっていない様子。72時間を過ぎてからの支援活動はそもそも大きな効果を現せないという前提があった訳で、その上、受入側の指揮系統にスキルが足りないという事から効果的な配置が出来なかったという事があるようです。それでも現地の人達は日本の救助隊の活動を評価してくれているようで、新華社も「真剣で勤勉、わずかな希望も放棄しない態度に深い印象を受けた」と伝えています。地震から160時間を経て助けられた人も出てきましたが、その反面、土石流による2次災害で200人が被災するなど今後を暗示するような事件も起きています。
 衝撃的な地震から1週間が過ぎた訳ですが、依然として建物や土砂崩れで埋まってしまった人が多数いたり、下水などが止まっていたりと衛生面の問題も大きく、そんな中で飼い犬や飼い猫が野生化し、これらが伝染病の感染源になりそうだという事が懸念され、野生化した犬や猫の処分が問題になっているんだとか。グリーンピースはこれには抗議しないのでしょうかね。
 とりあえず避難生活が始り、一息ついて少し落ち着き始めた頃なんでしょうが、緊張が解け始めたこの時期、PTSDを始めとする精神的な問題などが出てきます。この辺りのケア体制は出来ているのでしょうか。こういった事も日本の経験やノウハウを持って行って活用出来ればいいですね。

 東京大空襲の際の不発弾が見つかり、昨日撤去作業を実施。住民1万6,000人が強制避難をしたそうです。この不発弾、第二次大戦の終局、昭和20年の4 月7日に東京を空襲する為に飛んできて墜落したB29が積まれていた1トン爆弾で、周囲約500メートルに亙って立ち入り禁止、強制退去した上での撤去作業だったそうです。約30分で信管の取り外しが終わり、爆弾も撤去されたそうです。62年前に落とされた爆弾がそのまま地中で眠っていた訳ですが、半世紀以上の間の開発の中でよく爆発しなかったものですね。私が大学生だった頃、大阪でも同様に1トン爆弾の不発弾が見つかり、撤去作業の為に電車が止まった事がありました。今から約20年前の出来事ですが、その当時でさえ「よくこの長い間静かに埋まっていたものだ」と思ったものですが、もしかしたらまだまだ埋まったままの不発弾が存在しているのかも知れませんね。「もはや戦後ではない」と1956年(終戦から11年)の経済白書で書かれた訳ですが、それでもこういうものが見つかると、「戦後」という言葉を意識します。
 1トン爆弾って言われても戦後生まれの私にはもう一つよくイメージが出来ないのですけど、どうやら半径250メートル以内の人間に殺傷能力を持つもので、周囲20メートル以内の家屋(木造)は全壊させられる程のものなんだそうです。500メートル以内は立ち入り禁止というのがどうやらそれ程大げさな話しではないというのがよく判りました。一番被害の大きかった 1945年3月10日の東京大空襲では38万1300発、1783tもの爆弾(主に焼夷弾)が落とされ、死者約3万4000人、被災者約100万人、被災家屋約27万戸という通常兵器下では未曾有の被害を受けています。これ、一日の死者ですからね、凄いですね。ちなみに、広島の原爆による死者は約11万 8,000人、負傷者は8万2,000人。また、東京大空襲による死者は総数で10万人を超えると言われています。


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自分勝手な理屈
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 晴れのち曇り。 月齢12.6 小望月

 日本の調査捕鯨船の乗組員が捕獲した鯨の肉を横領し、横流ししているとしてグリーンピースが調査捕鯨船の乗組員を告発すると発表しています。この発表によると、乗組員が実家へ送った「ウネス」と呼ばれる鯨のベーコンの原料になる部分を運送会社で見つけ、内容を確認したという事で、現物を証拠として記者会見の場でもこれを見せてアピールしていましたが、これが何と輸送業者の配送所から盗んだもの。グリーンピースは「乗組員の業務上横領を示す物的な証拠を確保するため、仕方がなく必要なことでした。ですから、私たちは、盗みだとは思っていませんし、違法性はないと考えています」と主張。盗っ人猛々しい事甚だしい行為です。まさか窃盗行為をこうやって正当化するなんて誰も考えた事がないのではないでしょうか。彼らがやっている行為は自らが正しいと思う方を主張するためにそれ以外の方を無視するという矛盾だらけの行為で何処にもその主張の正当性はありません。横領だというのなら、まずはその前に自らの窃盗罪を償うべきですね。こんな事して恥ずかしくは無いのでしょうかね。
 当該運輸業者からは盗難届けが出されていますし、捕鯨船の乗組員も窃盗罪での告発を検討しているという事。また、グリーンピースが「証拠」としているこの盗品ですが、法律の専門家によると、証拠能力はないとの事。グリーンピースにせよその傍流のシーシェパードにせよ主張している事と行動とが全くアンマッチで、結局のところ「商売として環境保護や動物愛護を利用している」という事が露呈しているだけですね。グリーンピースさん、こんなところで盗みなんてしている暇があったらオーストラリアのカンガルー大量虐殺について阻止行動でもしてはどうですか? 中国は北京オリンピックの為に北京市内の野良犬や野良猫を一斉駆除した訳ですが、これは批判しないのですか? シーシェパードが調査捕鯨船に向かって投げたガラス瓶はその内容によって海を汚染しませんか? そのガラス瓶の破片はウミガメがクラゲと間違って食べ、ウミガメの胃を破り、命を奪いませんか? こういった環境破壊行為に対して抗議はしないのですか? 一貫性の無い行動や主張はその正当性という仮面をかぶったエゴの正体を現しているのではないでしょうか。日本人の鯨食は日本の伝統文化のうえに成り立っています。欧米人のようにただ単に明かり取りの為の油を得る為だけに鯨を捕まえ、油以外の部分を無駄に棄てて散々命を浪費してきた末に日本の伝統文化を非難し、それを奪おうとするのはどういう神経からなのでしょうか。彼らの自分勝手な理屈が正義だとどうして言えるのでしょうか。


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質実剛健でお願いします
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 橋下知事は「大阪ミュージアム構想」と題した府下の名所のライトアップ計画を発表。この計画実施に必要な予算は100億円を超えそうなんだそうです。ライトアップの候補として上がっているのは大阪市内の中之島エリア、富田林市の寺町エリア、岸和田市の岸和田城エリア、百舌鳥・古市の古墳群エリアと、これに既に発表している堂島川の左岸と御堂筋沿いを合わせた6カ所で、それぞれの名所を芸術作品として見立てて府全体を博物館に想定した計画という事だそうですが、この計画を企画した人も端下知事も芸術がどんなものなのかっていう事を判っていない上に、それによる経済効果がどの程度のものかなどの具体的効果の算出さえされていないという事で、こんな計画をこの時期に発表する意味がよく判りません。100億を超えるといわれる効果が定かではない計画を打ち出すくらいなら同じ金額でセーフティネットを充実させるなどの実利的政策の方が先なんじゃないでしょうかね。それにしても、弥生文化博物館だとかワッハ上方だとかの博物館を切り捨てると言いつつこんな訳の判らない計画に「ミュージアム」だなんて言葉を使うなんていうこのセンス、どんな神経なんでしょうか。センスの無さにも程がありますね。芸術のみならず、文化がどんなものなのかという事も判らない人たちが文化を築くというような事を言っている事が嘆かわしいです。はっきり言ってバカなんじゃないですかね。障害者や高齢者といった弱者を切り捨ててまでライトアップする意味を府民に判るように説明して欲しいものです。
 それと、私はこの無意味なライトアップは単に光害を増やし、環境を破壊し、周囲に生息する動植物の生態破壊を招くだけの事で、マイナス効果の方が大きいと思っています。むしろ、無意味なライトアップをやめ、現在効果的にライトアップされているものも時間制限して周囲の環境に配慮し、大阪の夜空を綺麗にする事の方が大切なのじゃないかと思います。100億もの予算を「文化」にどうしても使いたいのなら、大フィルや関フィル、大阪センチュリーや大坂シンフォニカに予算をつけてやって、府民が気軽に参加出来る鑑賞会を開いた方がよほど効果があると思いますけどね。大々的で派手な事をやる事が文化ではなく、多くの府民が、多くの子どもがよい音楽に触れる機会を増やし、将来の大坂の文化を背負う人を育てる事の方がよほど意義深いんじゃないでしょうか。質実剛健な文化の創出。大坂の文化を育てる種を植える事をして下さい。
 こんな事だから「大坂には文化は根付かない」って言われるんですよ。


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偽装請負の疑い
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 晴れ。 月齢11.6 十三夜

 台風4号が接近しつつあり、来週の火曜日には本土へも影響が出そうなんだとか。この時期に4号というのはそれほど珍しい話ではありませんが、この時期に日本に台風が近づくというのは珍しい事で、これも温暖化の影響かも知れませんね。その4号は現在中心気圧975hP、最大風速30メートル。17日21時の時点でルソン島にあって発達しながら時速15kmで東北東に移動中です。

 私の地元の通訳派遣体制については様々な問題点をここでも書いてきていますけど、一番大きな問題点は現在の派遣委託に偽装請負の疑いがあるという事です。今年度の面接試験には市の担当者が同席するという事ですが、これは労働者派遣法等に抵触する可能性がとても高い行為ですし、コーディネートを市が担当しているという現状も、業務請負の法的形態から逸脱している可能性がとても高い体制です。これらの問題に付いては以前から何度も指摘している事ですが、質問をしてもそれに満足に応えなかったのが通訳協会の理事で、コンプライアンスに問題があると解っていながらそれをそのまま放置しているというのは既に確信犯的共犯という事になります。これらのそもそもの原因はコーディネート業務を市に返還したり面接試験を使途相談して決定した理事会にある訳で、現理事の問題というよりはそれらを決めた時の理事に大きな責任があるのではないかと思っています。実質的に彼らこそが当地の手話通訳派遣体制をぼろぼろにした責任者であると私は思っています。現在では手話通訳派遣のみならず、障害福祉の窓口通訳として専従通訳の派遣についても通訳協会が請け負っている訳ですが、業務の手の空いている時間は障害福祉室の指示に従って事務補助をするという事になっているようですが、これも実は業務の指示を委託元から直接受けるという部分でいわゆる偽装請負行為という事になる可能性が高い行為です。事実、キヤノンの偽装請負はこういった行為が元でした。
 こういった事への関心を理事が持っていなかったというのは運営を担当するものとしての怠慢と、「通訳」という業務上に必要な社会の出来事に対する敏感さに欠けるという意味でも怠慢の二つの怠慢がそこに存在していると私は考えています。『「労働者派遣法」なんて私は関係ないから判らない』なんて言うのは一件それで通用しそうですが、業務委託を受けている時点で「私には関係ないから」は通用しませんし、ろう者の人権にも関わる問題の1つとして社会的に大きな問題となり、しかも多発している労働者いじめの1つとしてこれらを理解しておく事は重要な事なのではないでしょうか。「知らなかった」という事自体が私から見れば通用しない言い逃れですが、問題点を指摘されて尚、そのままにしていられた神経を私は疑いますね。
 責任ある団体として責任ある手話通訳派遣を請け負い、情報保障を司るのであれば、これらの問題点をきちんと処理し、システム上の逃げ口を探すのではなく、堂々と是は是、非は非として認める姿勢を表して欲しいものです。ま、それが出来る団体ならもう既にそうしているのでしょうけども。この辺りに言っては悪いですが、「主婦のボランティア、主婦の自己実現の場」と言われてしまう由縁が存在しているのではないでしょうか。それならもっと気軽で迷惑のかからない何かをお探しになってはいかがでしょうか。そんな気持ちでされては利用者が迷惑するだけじゃないでしょうか。

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軒並み値上げ
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 晴れ。 月齢10.6

 昨秋デビューした花粉症ですが、実は今ピーク状態です。スギ花粉は何ともなかったんですけどね、この時期の花粉って一体何でしょう。鼻はジュルジュルだし、くしゃみが出始めると10連発なんていうのは当たり前。目はかゆくてしょぼしょぼするし、毎日朝晩目を洗っています。やっぱり病院行った方が良いんでしょうけど、病院行くとお金かかるしねぇ。3割になった事で(もうかなり前からですけど)医療費負担はやっぱり大きいですね。厚労省の負担を挙げて医療費を抑制しようっていう狙いは確実に効果を上げているというのが実感出来ます。この浮いた予算で官僚はマッサージチェアでも買っているのでしょうか。

 ガソリン価格が160円(レギュラー) を超え、歯止めの利かない上昇を続けています。っていうか、そもそも政府もこの価格上昇を食い止めようなんて気持ちは更々ないようですし、税率を一時的にでも引き下げて市場価格を抑える事によって市民の暮らしを少しでも助けようなんて気持ちは爪の先ほどもなく、そんな事は全くお構いなしでそれよりも暫定税率復活で入ってくる税金で何を買おうか考える方が先のようですね。それでもまだ足らないからと税率引き上げを考えているなんて話しをする認知症のような国会議員もいるようですが(こういう言い方はむしろ認知症の方に失礼ですね)、これらのガソリン価格の高騰がどういう影響を及ぼすかなんていう事は全く考えた事がないのでしょうかね。また、「欧州と比べると日本のガソリン価格はまだ安いくらいだ」という言い方をする国会議員もいましたが、欧州のガソリン価格の高い国の平均所得がいくらくらいなのかご存知なのでしょうかね。ガソリン価格を欧州並にというのであれば、所得も欧州並にしてもらわなければいけませんね。
 ガソリンの高騰だけが原因ではないにしろ、各種食品が軒並みまたもや値上げされるようで、今後の生活にどの程度影響してくるかが心配です。」高齢の障害者にすれば、後期高齢者医療で保険料は取られる、介護保険費は取られる、そのくせ、サービスの質の低下は激しいとなると、この制度の存在意義自体が揺らいでいるという事にならないでしょうか。質の低下はサービス提供側に責任がある訳ですが、必ずしもその責任の全てがサービス提供事業所にあるとは言い難いというのはコムスン事件でも取り沙汰された事です。扶助費の高騰を理由に介護報酬を削減し続け、その結果、事業所自身もギリギリの経営を強いられ、現場の人間も低額の報酬で働く事を強いられ、まるで奴隷のようなヒエラルキーに押し込められてしまっています。過酷な労働条件と低い所得。結果として使い捨てにされる介護職員。これはこの国の労働環境の縮図だと私は思っています。
 国の無為無策が経済状況の低空飛行を作り出し、その結果国際競争力をつける為と称してコストのかかる正社員を非正規労働力へと置き換え、又は海外に生産拠点を移す事で人件費を圧縮し、その結果バブル期をしのぐ史上最大の利益をあげ、企業と経営者は大きな富を得、労働者は疲弊し、この国は二極化を進めてきた訳ですが、二極化は益々進められ、高齢者や障害者などの弱者はどんどん斬り捨てられ、そのコストは国(官僚)や富裕車窓の利益として搾取されていくようになってきています。賃金の上昇の無い物価の上昇は市民生活の破綻を招きます。企業の社会的存在意義、社会的責任を考えれば賃金を上げる事は企業の従業員の生活を守り、企業そのものを支える力になるのではないでしょうか。


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人的支援
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 晴れ。月齢9.6

 四川大地震は発生から72時間を越え、中国当局は被災者約1,000万人、死者5万人以上とする推計を発表しています。
 中国政府はようやく日本からの人的支援を受け入れる事を決定したという事です。これを受けて総務省は消防、警察、海上保安庁等を中心とした国際緊急援助隊を結成、早速現地へと向かっています。日本以外の国の人的支援も今後受け入れて行くという事のようですが、まず日本を受け入れたのは救助の経験とノウハウの多い日本のレスキューに期待しているのでしょうし、これも「戦略的互恵関係」という事なのでしょうかね。「手抜き工事」という話もありますが、そもそも耐震基準が日本ほど厳しくない上に古い建物が多いという事で、瓦解し、生き埋めになっている人が多い状況だと、大型の重機などがもっと沢山必要でしょうし、そういう意味では本当は自衛隊などが出動出来ればいいのかも知れませんが、色々な意味で中国本土に日本の自衛隊(軍隊)が入るというのは非常にデリケートな反応があるでしょうし、難しいでしょうね。中国軍は既に被災地に約10万人の兵隊を置くって救援活動をしているという事ですが、総合的な被災者支援のノウハウはそれ程持っていないでしょうし、どれだけ効率的に救援や支援が出来ているのかというところはかなり怪しいのではないでしょうか。
 既に地震発生から72時間が経った訳で、人命に関わる危険な状態にある事は間違いないのですが、依然として救出は進んでいないようですし、約 26,000人が生き埋めになっているといわれている状態では多くの人的支援が必要である事は間違いないでしょう。寒くない時期だったので避難した人達もテント生活でなんとかなっているようですが、それでも長い期間テントで生活するという訳には行かないでしょうし、救援物資も不足しているという事ですから、早急に対応しないとホントに暴動になる可能性もあるのではないでしょうか。現実に水を始めとした物資の不足が起きているようですし、衛生面でもかなり劣悪な状況になりつつあるという事が報道されています。これについても日本からノウハウを含めた支援が必要なのじゃないでしょうか。物資配給の方法についても経験のあまりない中国当局は一部地域に物資が集中し、満足に被災者に行き渡っていない様子ですし、元々民度の低い市民の多い事からトラックから物資の略奪したりという事も起きているようです。また、まだ先の話ですが、PTSD等のケアも今後重要になるでしょうが、中国ではその辺りの事をどう考えているのでしょうか。
 1,000万人を超えるという被災者がいる訳ですから、当然この中にかなりの人数の障害者がいるだろうというのは想像に難くない事です。日本の人口比率をそのまま当てはめたとすると、約47万人程度の何らかの障害を持つ人がいるだろうという事になる訳ですが、人権についてはまだまだ本格的に発展途上国の中国の事ですから、おそらく過酷な状況にあるのではないでしょうか。これも日本の人口比率で計算すると、約2万人程度の聴覚障害者がいるだろうという事になる訳ですが、彼らは十分に情報を得ているのでしょうか。
 これらの惨状はお隣中国で起きている事とは言え、日本でもいつ同じような状況が起きるか解らない訳で、災害時の情報保障を始めとした緊急対策を早期に構築する必要を改めて感じます。みなさんのところは大丈夫ですか?


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それが理由?
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 曇りのち晴れ。 月齢8.6 十日月

 国会前で自殺未遂をした陸上自衛隊員は、福田首相の外交姿勢や経済政策などを批判した抗議文をUSBメモリに入れていたそうです。詳細は解りませんが、義士を気取ったこの自殺男(いや、自殺未遂男)、自衛隊といえども軍人。軍人としてこういう事をしたのだとすれば、軍人の本分が何処にあるのかというのが解っていないという事ではないでしょうか。国会前で自殺する理由がこんな事だっていうのが情けないというか、こんな事で自殺して何が変わると思っていたんでしょうね。
 「こんな事」といった理由ですが、理由そのものとして挙げている福田首相の外交姿勢や経済政策は批判されるものであると思いますが、それが国会の前で自殺を図る理由となり得るかと言うとそうではないでしょ。こういう自衛官がいる事に恐怖心を感じるのは私だけなんでしょうか。2.26の時代ならまだしも、新憲法(と言ってももう60年が経つ訳ですが)下でこういう暴挙に出る自衛官(軍人)がいるという事になんの恐怖心や疑問を持たないというのはそれこそとても怖い事ではないでしょうか。民主主義国家の、文民統制の元の軍隊であればこういう事をする軍人は国民に不安感を与えたという意味でも厳罰に処するべきではないでしょうか。私自身は自衛隊の存在を否定するものではありませんが、こういう自衛官がいたり、違憲判決に対して平気で「そんなの関係ねぇ」と言ってのける高級将校がいたりと、自衛隊自体が緩みきっているんじゃないでしょうかね。今こそ、綱紀粛正を徹底してこういう問題を起こしたり問題のある人物は厳重に処分して頂きたいものです。そんな人達に人殺しの道具を与えておくのは危険過ぎます。
 確かにね、言い分としている内容についてはこの自衛官の言っている事には一理あるかも知れません。福田首相以下の政府の無為無策は日本経済を益々悪化させているだけですし、外交姿勢もお得意の玉虫色で何を考え、どうしようとしているのかが全く見えないというところは全くもって評価すべき点のないものだとは思いますけどね。
 どうせやるのなら、一部隊で国会や放送局を占拠し、政府や自民党幹部を処断し、戒厳令下に持ち込むとかしてしまうくらいでないとね。って、それはクーデターって言うモノですね。これは冗談ですから。

 それにしてもこの国の政治は一体何処を向いていこうとしているのかよく判りません。一体国民をなんだと思っているのでしょうか。
 財務省は財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で介護の必要性が比較的低いとされる「軽度の要介護者」を介護保険の対象から外す事で、介護給付金を約2兆900億円削減できると試算を発表しています。つまり、切り捨てですね。そもそも、「介護の必要性が比較的低い」って、誰が決めるのでしょうか。この制度は「高齢者の自立した生活」のために存在していたんじゃなかったのでしょうか。
 もう一度言いますが、この制度、そもそもは高齢者の自立の支援と家族の負担軽減を主眼として出来た制度の筈ですが、現実には老老介護や両親の介護の為に職を離れなければいけないという現実が存在しています。仕事をやめなければ介護が出来ない。でも、仕事を辞めてしまうと生活の基盤を失ってしまうという大きな矛盾を国民に押し付けておいて、その上まだ介護そのものの量や質を制限してしまおうというのは後期高齢者医療の際にもいわれていた事ですが「高齢者や障害者は死ね」と言わんばかりの状態ではないでしょうか。
 前回の制度の見直しでも利用制限が大きくなった上にまたもや軽度と見なせる人は制度の対象外とするだなんていうのはこの制度自体の存在意義をどんどん無くしていこうとしているとしか思えません。高齢弱者を切り捨てて浮かせた2兆円で今度は何を買おうと考えているのでしょうか。もしかしたら、暫定税率分のガソリン税が2兆9,000億円ですから、「この暫定税率分を介護福祉に使いますので、斬り捨てません」という話しに持って行くための布石なんでしょうか。それとも、この後待っている自立支援法との統合後に障害者支援をも斬り捨てていくための布石なんでしょうか。
 この問題、高齢者だけの問題とタカをくくっている訳にはいかず、近い将来の自立支援法と介護保険の統合後は障害福祉にも大きく影響してくる問題で、今から警戒しておかなければいけない問題なのではないかと思っています。