川辺のタヌキ
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  • 大阪で活動している手話通訳者。大学で芸術学部に在籍するもなぜか福祉分野へ。
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では、北朝鮮の場合は………
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 曇りのち晴れ。 月齢0.3 朔 新月

 桂米朝の息子、小米朝が今年10月に「五代目米団治」を襲名するそうです。先代米団治は「人間国宝」桂米朝の師匠で、「代書」というネタをご自身が書士であった経験をもとに作ったのだそうです。小米朝は「いずれ米朝を襲名するのだろう」というのが大方の予想でしたが、米朝に引けを取らない大名跡を継ぐ事になった訳で、今後の小米朝さんの活躍を期待したいと思います。米朝さんは「名前が変わったら、いつのまにかその名になっていくもんです。」と仰っています。「器が人をつくる」と、私も思っています。小米朝さんが5代目米団治として上方落語の新しい光となられる事を願います。それにしても、吉朝さんや枝雀さんが生きていたらこれもどうなっていた事でしょうね。

 前回のエントリーで、「テロと戦うのは武力によって為されるものではなく、安定した生活基盤の形成を支援することではないだろうか」という事を書いた訳ですが、では、北朝鮮の場合はどうなんでしょうか。北朝鮮という国は完全に指導者や共産党幹部による寡占体制と彼らによる搾取の構造が形成されていて富どころか食料でさえ平等に配分される事がありません。この状況のままではおそらく、どれ程食糧の自給体制を作る支援をしたところで、そこで収穫された作物は党幹部や支配階層によって搾取されてしまうでしょう。それを変えるには、支配構造が変わらなければどうしようもないのでしょうが、その部分を諸外国が圧力をかけたり、実力行使などによって変えるというのは果たして正しい事なのでしょうか。そうしたところで、また新しい支配者が登場し、搾取の構造はそれを構成する人が替わるだけで存在し続けるのではないでしょうか。こここそが難しいところで、本来はそこに住む人達自身がこのままではいけないという事を自覚し、変革していかなければいけないのだろうと思っています。そこに住む人達自身が変革を求め、変革の為に動いた時に、周囲が手助けするというのはあっていい事なのでしょうが、内部でそれらの動きが無いままにアメリカのように手出しをしてグリグリかき回して、自分たちに都合の良い形の国にしてしまうのは実質的な植民地支配の構造を植えつけるだけで、あってはならない事なのではないかと思っています。
 今の北朝鮮では国民がいくら不満を感じ、なんとかしないといけないと思ったところで、それ以上に日々の暮らしをどうするのかという根源的な問題に時間や労力をさかれ、現実的な運動とはなり得ないのでしょうね。今やゆっくりと死につつある国だと私は思っていますが、死ぬ直前にとんでもない事をして道連れを作ろうとしないかが各国の心配するところという事でしょうか。


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胡瓜
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 晴れ。 月齢26.7 有明月

 昔、胡瓜は熟して黄色くなった物を食していたとか。熟すと黄色くなる瓜。だから「黄瓜」と書いたんだとか。現在の「胡瓜」の「胡」は中国の北部や西部の漢民族とは違う異民族の事を称した蔑称だったとか。その後、シルクロードからの往来が多くなるとシルクロードを渡ってやって来た物に「胡」の字をつけるようになったそうです。キュウリもこれに習って「胡瓜」と表すようになったとか。黄色くなると甘みが減る事から未熟な青い実を食べるようになって、元々の「黄瓜」という表現は忘れられてしまい、「キュウリ」という仮名遣いが一般的になったんだそうです。
 産経新聞の「言葉の雑学」には『「胡瓜」は現代仮名遣いの「キュウリ」ではなく、言葉の成り立ちを埋没させないためにも「キウリ」とするべきだ』と書かれています。胡瓜をそうすると、それに習って沢山の言葉を語源を元にした「正しい名称」に戻さなければいけない事になってしまいますが、それが現実的な事ではないと私は思っています。胡瓜は「キュウリ」で良いんじゃないのかなぁ。その上で、「元は黄瓜と言って………」という知識を持っておけば良い事ではないでしょうか。「黄瓜(キウリ)」に歴史的意味合いがある事はよく判りましたけど、「胡瓜(キュウリ)」にも背景となっている意味は存在している訳で、それもまた大切な物ではないかと思うんですよね。

 アフガニスタンで伊藤氏が殺害された件を採り上げて、「だからこそ、なお一層テロとの戦いを続けなければいけない」と政府はコメントしていましたが、果たしてそうなんでしょうか。今回、タリバンに近い山賊ではないかといわれている犯行グループはイスラム過激派に所属するグループのようですが、彼らはテロを口実としたアフガニスタンへの攻撃に対して不満を感じ、外国人全てを排除すべきという考えに至ったのではないのでしょうか。そもそも、私自身は「テロとの戦い」という名目の戦争自体が胡散臭くて仕方がないのですが、テロと戦う方法は果たして現状のような武力による制圧なのでしょうか。実は、伊藤氏が続けていたような農業支援や生活面の支援によって安定した生活を勝ち取る支援をすることこそがテロの根底にある貧困の問題を解決し、やがてはテロそのものをもなくす支援になるのではないかとここのところ考えています。長い目で見立てテロの戦いは根元的なテロの温床をなくすことだと私は思います。武力にモノを言わせてテロとぶつかるのはテロと同じレベルに自分自信を貶めてしまっているのではないでしょうか。
 食糧を自給出来るようにするためにアフガニスタンの痩せた土地でも育てる事が出来る作物を育てる事を根付かせ、心の糧となるお茶を自給出来るようにし、安定した暮らしがおくれるようにする事は新たな憎しみが育つ温床をなくす事に繋がります。我々は彼の地に間違った方法で干渉しすぎたのではないでしょうか。

 グルジアの問題も、大国のエゴや思惑ではなく、その地に住む人たちの思いが正しく反映される事が平和への道になるのではないでしょうか。そもそも、国家とは何なんでしょうか。国家を承認する事、国家が独立した存在として成立する手続きとはどうあるべきなのでしょうか。南オセチアは本当にグルジアから独立する事が幸せに繋がるのでしょうか。ロシアは南オセチアの独立を利用して自国への利益誘導を最大限確保しようとしているに過ぎないと思います。それと同時に、アメリカもまたロシアと同じように自国への利益誘導を最優先としている訳で、そこにはグルジアや南オセチアの幸福なんていう尺度は存在していないのではないかと思います。おそらく、ロシアとアメリカはこれを機に反目し合う関係へと大きく舵を切り直す事になるでしょう。世界はまた二極化、いや、多極化へと、混乱の時代を迎えようとしているようですね。

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いつものやり口
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 曇り。 月齢25.7 有明月

 名脇役として認知されている深浦加奈子さんがS字結腸ガンで亡くなられました。享年48歳。個性的で存在感のある脇役で演技力の際立つ女優さんでしたが 5年前にガンが発見され、闘病生活を送りながらの活動だったそうです。最後の仕事となったのは今年8月に放送された「描けなかった2枚の絵〜原爆が投下された日の記憶〜」という原爆投下に関わるドキュメンタリー番組でした。ご冥福をお祈りしたいと思います。
 もう一方、決して有名人ではなかった方ですが、アフガニスタンでNGO活動を続けておられた伊藤和也さんがご遺体で見つかりました。頭には殴られた後、頭部と足に撃たれた跡があったそうです。伊藤さんはアフガニスタンの復興支援の為に農業の専門家として活動。サツマイモの栽培やお茶の栽培など従来アフガニスタンでは実績のなかった作物の作付けに尽力し、お茶もサツマイモの順調に収穫出来る状態にまでなっていたとか。現地語も堪能で地元の人達にも慕われ、現地の人達数百人が伊藤さんの探索に参加していたそうです。アフガニスタンのスパンタ外相は「伊藤氏はアフガンの人々を支援している最中に亡くなった。アフガン政府はこの行為を強く非難する」とコメントしています。タリバンが伊藤さん誘拐に関する犯行声明を出していましたが、手口からどうもタリバンではなくいわゆる山賊によるモノではないかとの見方も出ています。アフガニスタンの為に尽力していた青年を殺害するというのは、結果として自分で自分の首を絞めるという事をしているのではないでしょうか。それでも、支援を必要とする人達は沢山いる訳で、今後の支援体制とその安全についての体制が心配されるところです。ともあれ、伊藤さんのご冥福をお祈りしたいと思います。

 北朝鮮がアメリカのテロ支援国家指定解除が遅れている事を理由に核施設の無能力化を即時中断すると表明しています。そうなるだろうなと思っていたのですが、思ったとおり。イヤ、むしろ私の予想ではオリンピック期間中にでも中断を表明するのではないかと思っていたのですが、それと比べると少し遅かったと言う気がしますね。
 それにしてもそもそも「テロ支援国家指定解除」は無能力化が検証可能な状態で検証出来ればという話だったと思うんですよね。単に冷却塔を破壊した程度で無能力化が証明されるとは到底思えない訳ですから、これは完全に北朝鮮側のエゴです。
 冷却塔の破壊は北朝鮮全土にテレビ中継されたそうです。果たして、全国民の何割の人がテレビを見る事の出来る環境にあって、あの破壊をテレビを通じて目撃したのかは判りませんが、北朝鮮はあれを核施設の無力化の象徴的行動として捉え、だからこそそれを全土に渡って放映し、その上でアメリカに対して援助と「テロ支援国家指定の解除」を迫った訳ですが、北朝鮮のあの程度の冷却塔なら今ならもっと効率の良い方法でコンパクトな冷却装置に置き換える事はいくらでも可能です。あんな旧態然としたガラばかり大きな冷却塔を壊したからと言って無力化した事には全くならないんですよね。そんないい訳は北朝鮮の国民には通用しても、それ以外の諸外国には全く通用しないと言う事にどうして気が付かないのでしょうね。
 現実には外交上手の北朝鮮の事ですからアメリカが今それ程大きな動きが出来ない事、ブッシュ大統領が年明けには引退、ブッシュ大統領が退任までに大きな実績を残したいと考えている事、年明けに新大統領が就任する事などをふまえた上で自国により有利な条件を引き出すための下地を作っているという事なんでしょうが、その部分が読めている状態でアメリカが何処まで譲歩するのかがポイントになるでしょう。ま、でも、ブッシュ大統領ですからね、もう今年いっぱいで後は知らないって事に頭の中はなっているのでしょうから、業績を(うわべだけのモノであっても)作りたいっていう事の方が優先しそうですね。
 北朝鮮も核兵器なんて使ったら後が無いっていう事くらいは判っているでしょうから、いっその事「作りたいのなら勝手に作ったら?」とばかりに放置して、勝手にさせてみてはどうでしょうか。当然ですが、その他方で、北朝鮮を完全に包囲し、孤立させてしまってはどうでしょうか。国際社会の中で生きていくには自国の権利だけを主張していてはダメだという事を身に染みて理解しない事には、今後も北朝鮮のこの態度は変わらないのではないかと思います。
 日本は北朝鮮に対する制裁を一部解除すると言う事を決定していますが、この事態を受けて再度制裁を復活させるべきでしょうし、核放棄と共に拉致問題が根本的な解決を見ない限りは制裁を解除するべきではないと私は思っています。え?「それで北朝鮮が核を使ったらどうするのか?」ですか? 万が一北朝鮮がそれ程馬鹿だったとしたら、その後、各国による制裁と武力鎮圧が待っている事は間違いない訳で、その時こそ、北朝鮮という国がこの地球上から無くなる時ではないでしょうか。


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人に非ず
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 曇り時々雨。 月齢21.7 二十三夜

 朝から降ったりやんだりのよく判らない天気。大阪では明日の朝まで雨は降るようですが、皆さんのところではどうですか?

 腹立たしくも悲しい事件が東京で起きています。中学生の少年を含む14〜16歳の9人のグループが今年1月に知的障害のある20歳の男性を約1時間にわたり暴行し現金8万円を奪うという事件を起こしています。この後もこの男性に対して恐喝をはたらいていたようです。これだけに留まらず、このグループは他の知的障害の15歳の少年に対して約6時間にわたってギターで殴るなどの暴行を加える等、7件の余罪があるようです。少年らは「弱い相手を狙っていた」と言い、「障害者を虐めて何が悪い」と言っているという事です。
 彼等に理屈なんていうモノが通用しないというのはこの一言ではっきりしています。そもそも、自分より弱い物を見つけて虐めるという行為をしていた彼らにとって障害があるのか無いのかなんていうのはたいして関係のない事だったのでしょう。彼らに論理性なんていうモノを期待する事自体が間違っているのだと思う理由もここにあります。人間以外の獣でさえ、グループ内の弱い物を集団で守るという行為が観察されていますが、彼らにはそれさえも出来ない訳で、つまりは彼らは人どころかそういった獣にさえ劣る動物だというふうに見て良いのではないでしょうか。弱者をいたわるという人としての心を持たない彼ら、彼らを生み出した教育は一体どうなっていたのでしょうか。捕まってなお、「障害者を虐めて何が悪い」と反省の色ひとつ見せずに開き直っている彼らに情状酌量の余地はありません。
 彼らによって虐められた知的障害者達はこの恐怖の体験が大きな心の傷になっていないでしょうか。彼らの罪は恐喝し、金品を奪ったという事以上に知的障害者にトラウマとなってしまうような大きな心的外傷を与えた事にあると私は思います。私はこの事件を凶悪事件と捉えていますし、犯人達を厳しく処断する事が必要だと思っています。その上で、被害を受けた知的障害者達の心理的ケアを十分に為し、社会復帰の阻害要因とならないようにしなければいけないだろうと思っています。
この事件の犯人達は例え13歳という年齢であったとしても、人としてしてはいけない事をしたのであり、人ではない存在として自らを罰する事が必要なのではないかと思います。ま、そんな事が出来るのならそもそも虐めなんて卑怯な事をする筈はないのでしょうけれど。日本人の道徳観は一体何処へ行ってしまったのでしょうね。


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エコール・ド・パリの巨星
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 晴れ。 月齢19.7

 夕べから涼しく気持ちの良い風が吹いて少し寒いくらいだったのですが、今日も日中でもそれ程暑くなる事はなく、最高気温も大阪では23日ぶりに30度を下回り、扇風機のお世話になる事もなくまるで秋になったかのようです。ま、また暑くなるんでしょうけれど、これくらいの季候が良いですね。

 先週のお盆休みの最終日、暑い暑い我が家から逃げ出すために国立国際美術館へ。モディリアーニ展に行ってきました。ピカソやマティスと同時代に生きたエコール・ド・パリの巨星、表現の新しい方向を示した存在ですが、私自身は正直あまり興味の対象ではなかったんですよね。ピカソやマティスと同時代に生きたエコール・ド・パリの巨星、表現の新しい方向を示した存在ですが、私自身は正直あまり興味の対象ではなかったんですよね。モディリアーニというと、長い首、少し傾いた面長の顔とアーモンド型の目というのが私のイメージで、それ以上でもそれ以下でもなかったんですけど、この展覧会で少し印象が変わった気がします。モディリアーニがプリミティブアートの影響を受けていた事は知っていましたが、改めてその画法を見ていると、単純化し、記号化された目や鼻、口がそれでも描いた人毎に変化に富んでいて、全く違っている事やマリーローランサンや晩年描いた幾つかの肖像画ではプリミティブアートから抽出した彼の画法からは少し外れたような表現がされていて、とても興味深いモノでした。これらの作品、特に、マリーローランサンを描いたものは目には瞳が描かれ、鼻や唇もカリアティッドの技法から離れた表現になっていて、より生き生きと、表情豊かにこちらをのぞいているような作品に仕上がっています。
 アメデオ・モディリアーニは1920年に結核性髄膜炎で36歳という若さで亡くなっています。パリに居を移し、作品が紹介され、芸術家として本格的に活動を始めたのが1906年ですから、芸術家として活動していたのは非常に短い期間だった事になります。初期には彫刻家になる事を夢見、病弱である事からそれを諦め、挫折を経験し、画家として本格的に活動を始めたのが、1914年。1906年〜1914年の間にも沢山の絵画を制作していますが、それらは彫刻をする為の下地造りという位置付けだったといいます。プリミティブアートの影響を受け、カリアティッドの製作に打ち込み、その後の彼の絵画のスタイルを確立したのが1914年〜1915年頃ですから、本当に短い期間に多くの作品を制作したという事が判ります。
 結核患者の多い家系に生まれ、夢だった彫刻家になる事も病弱故に諦め、挫折し、画家としての道を歩むものの結核によって短い人生を終えた彼は何を思い、それらを作品に塗り込めていたのでしょうか。彼はジャンヌとの間に子どもが出来ても、その子を認知しないままにジャンヌの私生児として生ませています。また、ジャンヌと出会う前の彼女との間にも子どもがいますが、その子どもも認知していなかったようです。彼にとって家族とは、愛すべき人たちとはいったいどういう存在だったのでしょうか。
 彼が亡くなった二日後、彼の作品にモデルとしても多く描かれ、妻として彼を支え続けたジャンヌ・エビュテルヌがまだ2歳という幼い娘を残して投身自殺をします。この時、ジャンヌは妊娠8ヶ月だったとか。彼女を死へと誘ったのはどんな想いだったのでしょうか。モディリアーニとジャンヌは内縁関係だった事もあり、死後もジャンヌの家族の反対から一緒に埋葬されず、亡くなってから10年後の1930年にようやくモディリアーニの墓へジャンヌの亡骸が移されます。おそらく、ジャンヌはモディリアーニの死に耐えられなかったくらい彼を愛していたのでしょう。それでも、一緒に埋葬されなかったというのは彼女にしてみれば思いの外辛かったのではないでしょうか。
 二人の間に生まれ、母の名を貰った娘、ジャンヌ・モディリアーニは、母の死後モディリアーニ家に引き取られ、イタリアで育ちますが、その後、美術研究の道に進み、エコール・ド・パリの研究をします。彼女の著した「モディリアーニ 〜人と神話〜」は伝説と逸話に彩られたモディリアーニを客観的に描き出した秀作として世界的に評価された著書となっています。
 モディリアーニの生涯は「モンパルナスの灯」(1958年)、「モディリアーニ 真実の愛」(2004年)など映画化されています。


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プラハの春から40年
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 晴れ。時々曇り。 月齢18.7 更待月

 オリンパスがパナソニックと共同で進めている規格に「フォーサーズ」という規格があります。これは、オリンパスがデジタル一眼レフカメラへの進出をする際に決めた規格で、撮像素子のサイズを4/3型とし、レンズマウントの共通化、それに伴いレンズとボディの通信プロトコルや電源供給などについても共通化する事で、他のメーカーもボディへもレンズを使う事が出来るようにしたもので、画期的といえば画期的なんですよね。フォーサーズの狙いとして「従来の35ミリ一眼レフ用のレンズはデジタル化に対応しない云々」というのがあるのですが、ま、それは当然といえば当然で、周辺光量低下の問題をどうするのかという時にそれにも対応する撮像素子を作るのか、それとも光量低下の少ない部分でイメージサークルを限定し、それに合わせた撮像素子の大きさにするのかというところで、オリンパスは後者を選んだ訳ですね。ま、コスト的にも製造技術的にもフルサイズの撮像素子というのは当時難しい部分が多く、フルサイズ化で失敗して一眼レフカメラから撤退したのがヤシカ(京セラ)で、販売予告していたContax N Digitalも何とか販売にはこぎ着けたもののその後すぐContaxブランドそのものを凍結。撮像素子自体も今ひとつだったようです。フルサイズ路線を定着、成功させたのがキヤノンで、キヤノンの高級デジタル一眼レフはフルサイズ撮像素子でラインナップしていますね。また、ニコンも去年になってようやくフルサイズ撮像素子の搭載に成功し、今年第二弾を発売してラインナップを図った訳ですが、新しく出たフルサイズの廉価版といわれるD700でさえ、ボディのみで35万(実勢価格では30万を少し切るくらいまで下がってきているようですが)。フルサイズ撮像素子が量産効果で安くなればフルサイズデジイチももっと安くなるんでしょうね。そうなると、フォーサーズの魅力って、何処に見いだすのでしょうか。という事で、どうやらメーカー側は「マイクロフォーサーズ」という規格を出したようです。デジタル一眼レフをもっとコンパクトにという事のようですが、こういうカメラって、ある一定以上に小さくするのはレンズとの重量バランス等々でかえってデメリットだと思うんですけど、どうなんでしょうか。
 使い切りのコンパクトデジカメも発売されるそうで、300万画素、3気圧防水、50枚撮り1,980円はなかなか魅力的かも知れませんね。でも、これをして「エコデジカメ」と謳うのはどうかと思いますね。でも、使い切りデジカメっていうのは面白いコンセプトだと思いますね。表示用の液晶画面も携帯電話からのリサイクルなんだとか。ちょっと使いたいっていう時に重宝でしょうし、結構売れるんじゃないでしょうか。

 グルジア紛争は一応ロシアとグルジアの停戦協定に両者が調印したという事で、解決の端についたというところのようですが、ロシア側が撤退する様子を見せない上に、各地でトラブルが起きていてまだまだ完全に解決とは言えない状態で緊張した状態が続きそうです。この状況が周囲に色々と影響を及ぼしているようで、ポーランドは今まで難航していたアメリカのミサイル防衛システムの配備に迎撃ミサイル基地をポーランドに置くことを条件として合意したという事です。これは、ロシアの攻撃がポーランドに及んだ場合の自国の防衛を想定しての事という事です。つまり、ポーランドはそれ程までにロシアを警戒しているという事ですね。また、ウクライナもアメリカの進める「東欧MD計画」に協力する事を表明。この裏には今回のグルジア侵攻が40年前の8月20日のプラハの春を旧ソ連の軍事進攻によって弾圧した事とかぶって見えたという事があるようです。プラハの春から40年、ロシアは結局何ら変わっていないという事が露呈したという事なんでしょうね。
 ロシアのメドベージェフ大統領はフランスのサルコジ大統領と電話で会談し、その際に22日までに撤退完了すると表明したそうです。が、グルジア・南オセチア自治州をめぐる和平原則に基づいて、「追加的な安全保障措置」として500人の兵士を駐留させるそうです。アメリカはこの事について難色を示しているようで、「ロシアはグルジアへの出兵に2日も3日もかかってはいないのにどうして撤退にはそんなに時間がかかるのか」と批判していますし、NATO はEUが仲介した停戦合意をロシアが遵守していないとして非難しています。NATOのデホープスヘッフェル事務総長は、ロシア軍に撤退する様子が見られないとして「現状ではロシアとの関係維持が不可能」とコメントしています。これに対してロシア側は、NATOの非難には偏見がみられるとしてグルジア側にも停戦合意の中で要求事項が盛り込まれている事を挙げてグルジア軍の恒久撤退を求めています。それにしても不可解なのは、南オセチアはグルジアの領土なんですよね。その南オセチアにはロシア軍が残留し、なおかつ、南オセチア以外のグルジア領内にも500人のロシア兵が残留するとしている上に、グルジア軍に「恒久撤退」を求めているというのはどういう事なんでしょうか。これで完全にロシアは南オセチアをロシアの支配下に完全にしてしまった訳で、これは完全に侵略戦争だったという事を意味していないでしょうか。
 40年前のプラハの春(チェコスロバキアの改革運動で、自由化政策)はその動きに危機感を感じた旧ソ連の軍事介入(チェコ事件)により潰され、チェコスロバキアは旧ソ連の「制限主権論(ブレジネフ・ドクトリン)」によって旧ソ連の主導により終わります。理由は違うにせよ、今回のグルジアへの軍事介入は完全にグルジアの主権を奪い、時刻の都合で世の中を動かそうという大国のエゴにしか過ぎないと私は感じていますが、皆さんはどうご覧になっているのでしょうか。


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テロリストの屁理屈
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 晴れ時々曇り。 月齢17.7 寝待月

 日本の調査捕鯨活動を妨害したという事で、警視庁公安部が威力業務妨害容疑で米環境保護団体「シー・シェパード」の活動家3人を刑事告訴し、国際手配をするという事について当のシー・シェパードの「抗護船」のポール・ワトソン船長は「抗議活動には何の影響も及ぼさない」とし、12 月からまた南極海で抗議活動をするとコメントしています。また、「われわれの活動が違法なら、逮捕状はわたしに対して出されているはずだ」と述べ、日本側の対応を「ばかげており、理にかなわない」と批判しているそうです。これに加え、「われわれは海の警察官だ」と述べ、「クジラの大虐殺という違法行為を阻止する」ともコメントしているそうです。呆れるというか、この人の知的レベルや知識レベルの低さや論理性に欠けるという事が露呈するようなコメントですね。そもそも、「鯨の大量虐殺」は誰がしたんでしたっけ?「鯨の大漁虐殺が違法行為」というのは何を根拠にした法的判断なんでしょうか。シー・シェパードをして「海の警察」と認めた団体は何処なのでしょうか?誰がそんな事認めたのでしょうか。警察権の根拠は何処にあるのでしょうか。もうバカバカしくなるような話しですが、こんな連中が公開をうろうろしている事の怖さをもっと広く知らしめる必要があるでしょうね。
 そもそもシー・シェパードなんて海の警察でも、環境保護団体でもなく、環境保護という名目をお題目にしたたかりと強請、寄付を当て込んだ環境ヤクザですからね。「環境テロリスト」なんて言い方もありますが、テロリストならもっと純然たる思想や確固とした哲学がありますけど、彼らにはそんな大層なものはありませんから、彼らをして「テロリスト」というのはテロリストに失礼なんじゃないかとさえ思います。本当に環境問題を考え、抗議活動をしているのなら、どうして中国に対して抗議活動をしないのでしょうか。どうして捕鯨船への妨害活動に鯨やイルカ、ウミガメなどに対して危険性の高いガラスを投げつけ、破片が海に飛び散る事に無関心でいられるのでしょうか。「反捕鯨」は金になるんですよね。ところが、中国に対して抗議活動をしても金にはならないというのが彼らの行動の仕組みなんですよね。詰まるところ、ホントの意味で環境を改善したいという事ではなく、「何処をどう突けば公然と金が引っ張れるのか」というのが彼らの基準になっているわけです。
 「抗議活動を継続する」という事自体に対しては何ら反対する気はありません。意見のぶつかり合いがあればそれぞれの意見を主張し、お互いが相手の意見を聞く事はとても大切な事です。ところが彼らのやっている事は、暴力等を使った実力行使で妨害するという事ばかりで、相互理解をするために話し合うという事はありません。彼らは彼らの価値観を強引に押しつけようとするだけです。彼らがこういうやり口でしか「抗議活動」をしないのであれば、彼らの屁理屈を聞く必要なんていうのは一切無いと思いますね。
 こういう環境ヤクザをのさばらせないためにも、毅然とした態度で対応し、現実問題として何らかの危害を加えられたのなら、それは当然の如く刑事処罰の対象として告訴するべきだと思います。彼らに資金援助をするという事は、犯罪者に対して犯罪行為を促しているという事と同じですから、そう言う意味では資金援助団体も対象とした処罰が必要なのかも知れないと思うんですけどね。それはチョット難しいかも知れませんけども。
 アメリカ政府がこれ以上この環境ヤクザを放置し続けるのなら、アメリカを「ヤクザ支援国家」に指定するというのはどうでしょうか。


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問題の本質はそんなところじゃないでしょ
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 晴れ。月齢16.7 居待月

 インドネシアからの看護師第一陣が到着。看護師候補者は3年、介護福祉士候補者は4年間、滞在ができる。その間に国家試験に受かる事でその後も継続して日本で仕事が出来るという事になっていますが、その第一陣、当初の予定のおおよそ半分という少なさで、厚労省の思惑がはずれたようで、予定していた人数に対して看護師で80%、介護福祉士に至っては44%に留まっています。インドネシアでの給料に対して日本での給料は5〜7倍と高額なのに、この程度に留まってしまった原因について受け入れの仲介をしている社団法人国際厚生事業団は、「応募の期間が短かった為」としていますが、内実は日本語を習得するという事の大変さや非常に厳しい資格試験への合格(日本語で試験) やその期間の短さ、受入側施設の負担の高さなどを挙げているマスコミもあります。ま、直接的な原因はその辺りなんでしょうが、日本語の習得や日本語による試験はその後の業務が日本国内で日本人に囲まれているという事を考えると必要なスキルだと思います。
 問題は就労条件の厳しさにあると思いますし、そもそも看護師・介護福祉士また、福祉職の就業条件の劣悪さがその根底にあるのでは無いでしょうか。
 そもそも、看護師や福祉職の本質的な就業上の問題を解決しないままにそれらを無効にしてしまうために外国人労働者を導入しようという政府の魂胆が間違っている訳で、この部分の問題が解決しないままで箱の国の福祉なんていう者に将来はないと言っても良いんじゃないでしょうか。就業問題にせよ、福祉の問題にせよ、医療現場の問題にせよ担当部署は厚労省という事になる訳ですが、大丈夫なのでしょうか。どうにも持って行き所のない憤りを感じます。
 外国人労働者を受け入れる事自体には私は反対ではありません。が、それであらゆる問題(賃金の問題など)を解決してしまえると安易に思っているというところが気に入らない訳で、このままでは日本人の若者の活躍する場がどんどん奪われてしまうだけになってしまわないでしょうか。


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締めつけられる思い
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 晴れ。 月齢15.7 立待月 満月

 8月という月はどうにも遣る瀬無くなってしまう。理由は解っているんですけどね、どうにも心が締めつけられるような思いを感じてしまいます。その理由の一つは8月が母の旅立った月だという事。そしてもうひとつは亡くなった父がうなされ、苦しみ続けた理由だった戦争が終わった月だと言う事。「戦争が終わった」という言い方はある種偽善的な気がします。日本が負けて戦争が終わったという事を忘れてはいけないと思うんですよね。そしてその戦争がどういうモノだったのか、どんな思いで兵士達が戦地で戦っていたのか、内地でもどんな思いで空襲に耐えていたのかという事を忘れてはいけないんだと思うんですよね。それは決して二度と戦争をしないという決意の為に必要な日本人が背負うべき十字架なのではないでしょうか。戦争が終わって63年の今年、8月15日のテレビ放送はオリンピックと高校野球、プロ野球で埋め尽くされ、戦争を振りかえるという番組が殆どなかったという事がとても衝撃的でした。「もはや戦後ではない」と昔、政治家が言った訳ですが、「戦後」は永遠に続くでしょうし、同時に「戦前」であってはならないのだと私は思っています。あの戦争が日本をどうしたのか、世界をどうしたのか、我々の親やその親の世代はどんな思いを感じたのかという事を忘れないように伝えていかなければいけないのではないかと思っています。広島の被爆者の平均年齢が74歳を超えています。「戦争」の話を聞くには、私自身は80歳以上の人の話を聞くべきだと思っているんですよね。それは、「戦争」という出来事をもう分別のつく歳になって経験しているという事が大切なんじゃないかと思うからです。子どもながらにどう思ったのかというのも大切でしょうが、そこで起きた出来事を冷静に理解し、判断する事の出来る年齢に達していた人達がどう思い、どう感じながらそれらを過ごしてきたのかという事にもっと大きな意味があるのではないかと思っています。
 太平洋戦争が始ったのが、昭和昭和16年。私の父はこの年21歳。前年に徴兵され、陸軍に入隊していた父は終戦時には25歳になっていました。この年代の人達にとって戦争とは若いとても大切な時期を戦争の中で過ごし、戦争の中で様々な経験を積んできたという事になる訳で、この年代の人達にとって戦争の全てを否定する事は自分達の大切な時期の全てを否定する事と同じになってしまう訳です。それでも父は戦争という行為には反対していましたし、それが8月になるとうなされるという形で外に出ていたのかも知れません。
 某番組で、カンボジアの現状をリポートしていました。その中に、今もなお、沢山の地雷によって犠牲者が出ている事が語られていました。いまだに多くの犠牲を生み出しつつある地雷。彼のロバートキャパが1954年に亡くなったのも第1次インドシナ戦争の取材中に地雷を踏んだ為でした(ベトナムでの事ですが)。1997年に不慮の事故で亡くなられたダイアナ妃が終生尽力されていたのも地雷撤去事業でした。地雷は多くの命や未来を奪い、多くの犠牲者(戦闘員・非戦闘員の区別なく、一気に対象を殺し、あるいはとんでもない後遺症に悩ませ続けられてしまうそうです。
 戦後63年間日本は一体何をしてきたのでしょうか。先の戦争で受けた日本のダメージ、日本が与えたダメージを訴え、戦争をしないという決断を広めていくという日本が果たすべき役割を果たしてどれ程達成してきたのでしょうか。核兵器の惨状を訴え、核廃絶への取り組みを十分に果たしてきたのでしょうか。8月になるとどうしても考えてしまって胸が締めつけられるような思いを感じます。少なくとも、戦争がどれ程酷い行為なのかを経験者に尋ね、それを記録として留めていく活動を今しなければいけないのではないかと近年とても考えてしまいます。それぞれの立場で、それぞれが感じた戦争を記録する事。それはもしかしたら戦争を二度と起こさない為の大切な活動なのかも知れません。


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侵略者はグルジア?
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 晴れ時々曇り。夕方に一時雨。 月齢14.7 十六夜

 アメリカは停戦合意したグルジアに対して人道的支援として空軍機を浸かって救援物資を送り込んでいます。が、その状況に対してロシアは不満を表明。「侵略者はグルジアだ」と訳の判らない事をいっています。何度も言いますが、どんな理由があるにせよ、南オセチアはグルジア領土です。そこに軍を展開し、グルジア軍に対して武力行使をしたのはロシアです。侵略者はロシア以外の何者でも無いというのは明白な事実。ロシアが自己の利益誘導の為に事実を大きく歪曲させてグルジアを潰し、自国の勢力を大きく拡げたいという魂胆は侵略思想でしかありません。世界第2位の産油国のロシアが原油高騰をバックに国力を伸ばし、勢力拡大を図っている訳ですが、これをそのまま許していていいのでしょうか。
 というのが正論だと私も思う訳ですが、だからといってロシアに圧力をかけ続けるとおそらくロシアは物理的な行動に出るでしょう。それは本格的な戦争へと拡大する可能性が高く、それをどう回避しつつロシアの蛮行を糺すのかというのが大きな問題ですね。
 文化的な違いが主張の違いになっているというのは十分理解できることです。例えば、ロシアでは車から降りてその場から離れる時、ワイパーやバックミラーは外してトランクにしまうんだそうです(今でもそうなのかは少し怪しいところですが)。そうしないとミラーやワイパーなどの簡単に取り外し出来るようなモノはすぐに持って行かれてしまうからだそうです(パトカーでさえ持って行かれるとか)。取られる事を前提として取られない対策を持ち主がする。対策をせずに持って行かれてしまうのは持ち主側の注意不足という事で持ち主側責任という考え方になっています。日本では例えばちょっとした駐車程度ならドアの鍵がかかっていなかったとしてもおそらく車中のモノが盗まれるなんていう事はないでしょう。それは「明らかに他人の所有物だと判るものを持っていくのは盗みである」という認識を大多数の人が持っているためです。それでも鍵をかけ、盗まれないようにするのは不要なトラブルを出来るだけ避ける為です。
 このように文化的な違いが相互の認識の違いとして軋轢の元となり、紛争へと発展するというのはよくある事です。その結果、戦争になり、勝った者がその後のルールを決めるというのは戦争の理屈です。今回の南オセチア紛争も、ロシアの勝利で終わり、ロシアの理屈で停戦調停が進められようとしています。ま、だからこそ、アメリカやフランスが介入し、グルジアに不利にならない停戦調停を進めようとしています。とや言え、西側には西側の理屈が実はその裏にある訳で、グルジア政府と南オセチアを表面に立ててはいますが、実はロシアと西側諸国の思惑のぶつかり合いというのが南オセチア紛争の内情という事になります。ロシアは南オセチアや西部のセナキ等にも駐留したままになっています。両自治州をロシアが独立させるべきだというのであれば、ロシア事態が抱えている民族問題についても同様に対応するべきですが、ロシアにその気は全くありません。また、中国に対しても、チベットやウイグルなどの独立を認めるよう促すべきですが、そうするつもりは更々ありません。これがロシアのダブルスタンダードです。また、EUやアメリカがグルジア領の不可侵を訴えるのであれば、中国に対してどうしてあれほどチベットやウイグルの問題を訴えるのでしょうか。つまりはこの問題が純粋に領土の問題だけでは無く、その裏に潜む高度に政治的な思惑が蠢いているという事です。
 南オセチアや西部のセナキの独立の問題はグルジアの国内問題です。民族問題をかかえ、将来の領土分割の可能性を認めた上でグルジアがそれらを民主的に解決する事がグルジアの進むべき道では無いでしょうか。ロシアやアメリカは介入する事なく、見守っているべきなんですよね。
 チベットやウイグルの問題も、基本的には中国の国内の問題です。ただし、こちらは中国が一方的に占拠し、勝手に自国の領土であるとしてしまった事がそもそもの問題な訳で、この事については国際的な監視の中で整理されるべき問題ではないでしょうか。今の中国にはチベットやウイグルに住む現地の少数民族が自身の思いを口にする事が出来ないという事が大きな問題で、まずは中国自体の民主化こそが必要な事なのでは無いでしょうか。
 オリンピックを開いた国だからこそ、真の民主化を進め、本当の意味で開かれた国際国家へと発展するべきではないでしょうか。
「Free China」


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63年の彼方
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 晴れ。 月齢12.7 小望月

 平泳ぎ200メートルで日本の北島康介がオリンピック新記録で2冠を達成。100メートルの2冠に次いで個人で二種目の2冠達成を果たしました。北島はアテネオリンピック以来故障やスランプなどに苦しみつつ北京を目指し、二種2冠を達成。世界が北島を讃えています。中でも印象的だったのは中国の国営放送が、北島選手を「アジア人の誇り」として大絶賛して報道していた事でした。中国の報道が公式に日本人を誉め讃えるというのは異例中の異例。私自身はオリンピック会場で日本人が金メダルを取って君が代が流れた時にブーイングが起きるのじゃないかと開会まで思っていたくらいなんですが、とりあえずそこまで酷い事はなかったようです。とは言え、バレーボールやバトミントンなどのような直接対決の協議では日本側の攻撃の際のブーイングなどは強烈なようですけどね。ま、多少は中国のマナーもましになったっていう事なのでしょうね。それと、四川大地震の際の日本の救助隊や医療チームの活躍というのも大きな影響があったのではないでしょうか。とにもかくにも少しは日中関係というのも良くなっているのでしょうか。とは言え、中国人の認識や常識が国際レベルではない事は間違いない事ですね(日本人のマナーもそれ程褒められたモノではないですけどね)。

 先日、NHKでアメリカの従軍カメラマン、ジョー・オダネル氏についての特集が放送されていました。オダネル氏は従軍カメラマンとして戦後の長崎に上陸、原爆の被害を受けた長崎の状況を記録する任務を帯びて記録撮影を始めるが、被害を受けた人たちを見、接触する中で突き動かされるかのように個人のカメラで長崎の人たちの写真を写します。日本軍による真珠湾への奇襲に怒りを感じ、日本軍を叩きのめし、日本人を殺すために海兵隊に志願したオダネル氏はその日本人が原爆に追って受けた惨劇を眼にして日本人への憎しみが哀れみに変わっていきます。「なぜ人間が同じ人間にこんな恐ろしい事をしてしまったのか」それこそが本質的な戦争の恐怖なのでしょう。アメリカに帰ったあと、個人のカメラで撮影した軍紀違反の写真は長崎の悪夢を思い出さないように長い間トランクに入れたまま屋根裏にしまわれたままにされていましたが、オダネル自身が原爆症により皮膚癌等に冒され、その頃偶然立ち寄った教会に飾られていた反核運動の彫像に貼られていた原爆の写真に衝撃を受け、それがきっかけとなって43年間封印されていたトランクを開け、その中の写真を公開する事にします。
 アメリカにおける原爆の評価は今でもその大半は「必要だった」「あれにより終戦が早まり、犠牲者が減った」といった論調のモノです。当然その頃もそういう論調一辺倒で、原爆を批判するかのような写真を公開したオダネル氏は多くの批判と中傷を受けます。それでも彼は確信を持ってそれらを公開し続けていたそうです。
 「原爆の使用は絶対に間違っている」彼の考えはアメリカでは今でこそ少数の人からは賛同されているようですが、難しい立場にあったそうです。「それでも原爆は間違っている。」日本であれば多くの人が納得するこの思いはアメリカの正当性と崩し、無実の非戦闘員を大量虐殺したという事にしてしまうためアメリカでは禁じられた考え方になっています。
 63年前の明日、日本はポツダム宣言の受諾し、戦争を終わらせることにしたことを国民に知らせました。いわゆる終戦記念日ですが、私は毎年言っているように「敗戦記念日」と呼んでいます。我々日本人はあの戦争の教訓を忘れないために、戦争に負け、終戦に至ったこの日を忘れてはいけないと思っています。

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大国のエゴ
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 晴れ。夜半になって雨。 月齢10.7 十二日月

 柔道では谷選手が銅メダルに留まってしまいましたが、その他の柔道人が奮戦。女子でも金メダルを取っています。日本のメダル獲得数は現在金が3、銀が1、銅が2という状態です。その北京オリンピックの開会式ですが、どうやら花火の映像がCGだったとか、少女の歌声がどうやら口パクだったとかという話が出ているようです。国家の威信を懸けた開会式。どんな事があっても綺麗に、落ち度の無いようにパーフェクトな物にしようという事のようですが、中国という国の威信が虚構に飾られた物だという事が図らずも象徴されたような気がしますね。元々今回のオリンピック事態が虚構に満ちた物ですから、今更どうとかとは思いませんけど、中国にはまだまだオリンピックを開くような資格も体制も整っていなかったというのが結果じゃないでしょうかね。


 ロシア政府は独立した主権国家たるグルジア内に自国の軍隊を「ロシア平和維持軍」として派兵し、圧倒的な軍事力を背景に武力によりグルジアの主権を完全に蹂躙して南オセチアのみならず同国の西部及び中部にまで侵攻。中部ではゴリなどの4都市を制圧し、首都攻防戦に至る気配を見せていますが、ロシア側はそれらを否定。フランスなど各国が介入した結果、停戦に至ったようです。ロシアは当初から「最初に攻撃を始めたのはグルジア軍で南オセチア住民を虐殺したグルジアこそ責められるべき」と主張し、今回の武力侵攻に対して非難している欧米各国に対しては「侵略者(グルジア)を侵略の被害者にすりかえ、白を黒と言いくるめる」と反論しています。が、そもそも、南オセチアはグルジア国内の一自治州で、隣国とはいえ他国であるロシアがそこに軍隊を展開している事が既に強力な内政干渉です。南オセチア側について武力侵攻した背景にはそもそも南オセチアが親ロシア体制でグルジアから独立、北オセチア共和国に編入するかもしくはロシアに編入したいという事があるからですが、南オセチアの独立問題はその後どうするかは別としてあくまでもグルジア国内の問題でしかありません。ロシアの干渉を許すのなら、チベットの独立をどうして国連軍なりロシア軍なりアメリカ軍なりが侵攻して干渉しないのでしょうか。ウイグル自治区にロシア軍が展開して中国の横暴を阻止しないのでしょうか。ロシア側は停戦にあたって「グルジアの南オセチアからの完全撤退と不戦文書への調印」を条件としてあげていますが、そもそも南オセチアというグルジア領土からロシア軍が出て行く事が先ではないかと思うのですけどね。
 この状況、おそらく父が生きていたなら、「露助なんて信用するからこういう事になる。絶対に信用なんてしてはいけない相手」と新聞を叩きながら言うでしょうね。
 
 東条英機元首相の終戦直前の手記が見つかったそうです。それには「もろくも敵の脅威に脅え簡単に手を挙ぐるに至るがごとき国政指導者及国民の無気魂なりとは夢想だもせざりしところ、これに基礎を置きて戦争指導に当りたる不明は開戦当時の責任者として深くその責を感ずる」等と書かれているそうです。戦争を正論化し、自己の間違えを認めるどころか、国民の破棄の無さが敗戦の原因の如き言い様は全く持って腹が立つモノです。彼のような指導者が日本をズタズタにした訳ですが、今の日本には彼のような人はいないと言い切れるのでしょうか。

 最後ですが、御巣鷹の尾根に羽田発伊丹行き日本航空123便が墜落して23年が経ちました。改めてご冥福をお祈りしたいと思います。


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平和の代償
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 晴れ。 月齢8.7 十日月 

 「平和の祭典」オリンピックが遂に開会された訳ですが、各地で物騒な騒動が起きているようです。中国国内では新疆独立派といわれる、「トルキスタン・イスラム党」(TIP)がビデオ声明でテロ予告をしていますし、それに対抗するかのように中国政府のウイグル人への弾圧を益々強めています。また、世界各地で中国批判が続いているようで、今回のオリンピック開催が本当に妥当だったのかという事が開催された今もなお問題になっています。また、開会式と同じ日にロシアがグルジア内部の独立紛争に介入し、戦争状態に突入しました。どうやら複雑な民族問題をかかえているところのようで、グルジアの南オセチア自治州はグルジアから独立し、隣国ロシアの北オセチアと併合したいという意向を持っているようでグルジアに対し独立紛争を起こしたところグルジア政府による武力鎮圧が始まり、ロシアが南オセチア側に協力する形で軍事介入しているようです。グルジアのサーカシビリ大統領はロシアとの戦争を宣言していますから完全に戦争状態に突入したという事ですね。この事態、ロシアにとっては親ロシアの国家の樹立か、若しくはロシア領土への併合になりそうですから千載一遇のチャンス到来というところなのでしょうね。ま、ロシアが引き下がる事はないでしょうが、EUは、「欧米の国の仲介ではどうにもならないかも知れない」というような事を言っているようですから、福田さん、ここは1つ日本の株を上げるために乗り出して仲介してはどうですか?
 また、中国国内では中国人によるアメリカ人刺殺事件が起きています。殺された被害者はアメリカのバレーボール監督の親戚という事のようです。また、加害者の中国人は事件後飛び降り自殺をしています。調べによるとこの加害者の中国人男性は立ち退き問題で政府に何度も陳情をしていたという事でトラブルを抱えた状態で殺人事件を起こしたという事のようですが、現場周辺の商店主や中国人は政府から統制がされている様子で「何も知らない」と言うだけという事です。中国当局による言論統制や報道規制がかかっている事は間違いない訳ですが、このままの状態では被害者がアメリカ人ですからアメリカ側から圧力がかかるでしょうし、オリンピックで各国メディアが北京入りしている中での犯罪ですから「知らぬ存ぜぬ」では通用しないのは確実。中国側はどうやって幕引きをするのでしょうか。
 ま、これが「平和の祭典」の真の顔という事なんですよね。片手で平和の祭典に参加し、世界平和をアピールしつつ、もう片方の手で人権を抑圧し、戦争をしている国。ま、これはロシアだけではなく、アメリカも戦争継続状態にありますし、開催国の中国もチベット自治区や新疆ウイグル自治区の少数民族を蹂躙しながら「平和の祭典」だなんて言って国威発揚をする。しかも会場を作る為に農村や貧困地区から出稼ぎにきている人達の居住区を強制的に取上げ(ま、そもそも共産主義国ですから当局の好き勝手が出来る訳ですが)、そこから出てくる不満を力でねじ伏せている訳で、大国の都合で世界が動かされているというのが透けて見えてきますね。
 こう考えると、今の世界で「平和の祭典」を開く資格のある国が果たして存在しているのでしょうか。かくいう日本もイラクへの派兵を延長しようとしている訳で、直接戦闘行為をしていないとは言え、間接的には戦闘行為を支える活動をしている訳ですから広い意味で戦争をしているといえない事はないという事になります(それが良い事か悪い事かは別として)。落ち目になりつつあるとは言え、日本はそれでも繁栄を謳歌し、食べる物も着る物も、テレビもパソコンも好きな物を好きなだけお金さえあれば手に入れられる国です。この繁栄は何を犠牲にしているのでしょうか。私たちはこの繁栄の代償として何をなくしたのでしょうか。第二次世界大戦が終わって63年目の夏。私たちはもう一度見つめ直さなければいけないモノがあるのではないでしょうか。


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ストレス耐性の低い子ども達
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 晴れのち曇り。夕方から突然の雷雨夜半に晴れ。 月齢7.7 九夜月

 帰り際夕立に見舞われてずぶ濡れになって帰りました。それにしても最近はこういう突然のゲリラ雨って言うパターンが多いように思いますね。どうなっているのでしょうか。

 昨日開会式の北京オリンピック、今日は早くもメダル確実視(それも金メダル有力とまで言われた)の選手の試合があった訳ですが、中でも金メダル確実と言われた柔道の谷亮子が準決勝戦でルーマニアの選手に大敗。それにしてもあまりにも見ごたえの無い試合。組み合えば負けるのが判っているので絶対に組ませないっていうのがどうやら相手選手の作戦だったようですが、ああいう勝ち方で嬉しがっていたルーマニアの選手の気持ちがよく判りませんね。あれはもう柔道ではないと思いますけど。どんどん柔道のルールが変わっています。今のルールでは組み合って投げて勝つという本来の柔道の形にはならないという気がしますね。これではレスリングとどう違うのでしょうか。

 川口市の女子中学生による父親殺傷事件ですが、どうやら少しずつ真相が見え始めてきたようです。毎日新聞によると、周囲と上手くやっていかなければいけないという思い、特に、両親のいう事をよくきく良い子でいなければいけないという思いが大きく、それらが現実社会の中での成績低下や追試を無断で欠席した事などが翌日予定されていた保護者会でばれてしまうという事から、現実逃避をしようと思い、ただ、自分が自殺をしてしまうと両親が悲しむだろうからという事で無理心中を図ろうとしたという事のようです。
 小学生の頃はとても成績のよい子だったのが、中学受験で芳しい成績を取れず、中学入学時には上位にいた成績が3年生になると中以下にまで落ちていたという事ですが、これ、よくある事ですよね。「昔神童今ただの人」なんて言い方があるくらい、こういう事はよくある事ですし、実際にはそれ程苦にする問題ではないと思うんですよね。ところが、彼女にとっては自殺を通り超えて無理心中まで考え(実際に仕掛けた)てしまうほどのストレスになっていたのはどうしてだったのでしょうか。確かに、彼女は「薬剤師になる」という明確な目標がある中で成績が落ち、このままでは薬剤師の道は難しいかも知れないという状況もあったという事ですが、それは、まだ先の話しでしかない訳で、中学3年生の成績が中以下だからといって人生を投げ捨ててしまうほどの問題だったとはどうにも思えないんですよね。これは、私が今の歳だから言える事という事ではなく、現実に私自身が中学3年生で同じ状況にあったとしてもおそらくそこまで考える事はなかっただろうという事です。まだまだ取り返しのつく時期ですし、高校3年間の学習で大学への道はかなり変えられるはずだと思うんですよね。ところが彼女はそれらを全て閉ざして、死を、そして殺人という手段を選ぼうとした。これは明らかにストレスに対する耐性が低くなっているという事ではないでしょうか。
 私が小・中学生の頃は怒られるのは当たり前、怒られて気が付いて、道を修正していくというのが子どもの生活だったのではないかと思います。最近では子ども自身が怒られる事になれていないので、怒られるのが確実というシーンが目の前に迫ってくるとそれをどうやって乗り越えるのかではなく、どうにかして逃避してしまおうと考えてしまうのではないでしょうか。つまり、目前の問題(ストレス)を乗り越えようとさえせず、ストレスに負けてしまっている訳ですよね。このストレス耐性の低さは何処からきているのでしょうか。
 ひとつには子どもを甘やかせてしまう環境が彼らがトラブルに向き合うチャンスを奪い、結果としてストレス耐性の低い、問題にぶち当たるとそれから逃げる事で自身を守ろうとしてしまうようになってしまっているように感じます。怒られ慣れた子どもは自分が悪い事をした時に怒られる事が重要な事だという事を判っています。また、成績が悪くなってもそれは絶対に克服出来ない問題なんかではなく、挽回する事の出来る超えるべき課題だという事を子どもに教えなければいけないと思うんですよね。モンスターペアレンツや過保護な育て方が結果として子どもをストレス耐性のあまりにも低い子ども達を作り上げてしまったように感じます。
 現実の社会では自分の思うように行かない事や辛い事の方が実は多い訳で、それらと対峙した時に逃げずに乗り越えていこうとする気持ちを維持するにはストレス耐性を高くする事が必要なのじゃないでしょうか。


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不景気
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 晴れのち曇り。夜半になって雷が鳴り響く。 月齢6.7 八日月

 世界最大の自動車メーカートヨタが北米での販売不振から08年4〜6月期連結決算で売上高で4.7%減(6兆2,151億円)、営業利益で38.9%の減(4,125億円)と、減収・減益になるという事を発表しています。これは結局のところ、サブプライムの影響と、原油高による自動車離れや大排気量車離れ、そして原料(鋼材など)の高騰などが影響しているという事なんでしょうね。また、九州工場では減産により派遣社員800人を契約解除したという事で、トヨタとしては過去最大のリストラになるようです。
 また、日本マクドナルドは原料の高騰の余波を受け、値上げやむなしとの考えを表明しています。マクドナルドは日本のファーストフードの価格破壊を先導し、人件費を圧縮する事で市場価格をどんどん低下させた経緯を持っています。私が学生時代、マクドナルドのハンバーガーって普通のハンバーガーでも300円くらいしてました。それが今では100円。この価格の異常さは火を見るよりも明らかだと思います。
 8月にはいってようやく政府も景気が下降気味であるとの見解を出した訳ですが、庶民の感覚からいえば一向に景気が良くなった気配すらなく、それどころが去年の暮れ頃から余計に悪くなっていっている感覚の方が強かったというのに、政府はそれでも緩やかに良くなっているとか横這いだとかっていう言い方をするに留まっていた訳で、この辺り、おそらく政府筋は「悪くはない」という事によって景気を浮上させようという思惑を持って行っていたのかも知れませんが、完全に客観性に欠く評価をしていた訳で、むしろその評価が元になって景気向上策が遅れ遅れになってしまっていたと見た方が良いでしょうね。つまりは政府の無策による不景気という事で、経済政策に弱い福田内閣というのが完全に浮き彫りになったという事ではないでしょうか。
 政府は原油高騰への対処策としてどんな政策を打ち出そうと考えているのでしょうか。「新世代エネルギーの開発」というような事を言っている議員もいます。これは間違いなく必要な事ですが、当面の課題、今今の暮らしを楽にする事には繋がりません。今日も某テレビ番組で自民党の片山さつき議員は太陽光発電システムの取り付け補助金の打ち切りなど代替えエネルギー政策の無策ぶりについて責められると、「福田総理の低炭素社会政策の中で太陽光発電への補助金も復活した。ハイブリッドエンジンの開発も日本が進めてきた技術」とまるで政府がハイブリッドエンジンの開発をしたような言いぶりでしたが、ハイブリッドエンジンの開発に何ら国は関与していませんし、あのシステムはトヨタが開発したモノです。どうしてああもまるで自分の手柄のように言うのでしょうね。あのあたり、さすが元官僚と言うところなのでしょうかね。無為無策の政府と違って民間企業の技術開発は先を見越したモノを作り出しつつあります。その一つが従前のハイブリッドエンジンですし、まもなく実用化するであろう廃材などを原料としたバイオエタノール燃料の精製技術などがある訳ですが、こういう事にももっとお金を出すべきなのじゃないでしょうか。
 新世代エネルギーの開発と実用化は急務ですが、それ以上に早急に為されなければいけないのは現状からの脱却で、一般国民が生活に不自由を感じないように経済政策をして貰わない事には国そのものが潰れてしまいかねないのではないかと私は思うのですけども。


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獅子身中の虫
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 晴れのち曇り。 月齢5.7 弓張月 立秋

 今日は立秋。という事で暦の上では秋になたっていう事になる訳ですが、まだまだとんでもなく暑い日が続いています。 実は、今日は旧暦の七夕なんですよね。旧暦は太陰暦、つまり月が暦の元になっていますから、日にちは即月齢になるんですよね。ですから、七夕、7月7日は七日月という事になり、弓張月(上弦の月)という事になります。弓張月は新月から満月に至る半月の月で、日没後、西の空に弦を上に向けて空にぽっかり浮かんだ船のように浮かんでいます。実はこの半月こそが天の川を渡って織り姫と彦星が出会うために使った船だったんだそうです。月の船に乗って天の川を渡って逢瀬を楽しんだって、凄くロマンチックな二人ですね。

 毒入り冷凍餃子の問題で中国政府でも回収されたはずの餃子を食べた中国人が日本での事件と同様に中毒症状を訴えているそうです。この件について中国政府は7月の上旬に外交ルートを通じて連絡があったという事ですから、サミットの時には既に伝えられていたという事になります。が、中国政府の要請で公表をオリンピック終了まで待つという事になっていたとか。これ以外にも東シナ海のガス田に関する協議も「日中歴史協同研究」の報告書もオリンピックの終了まで先送りという事になっています。つまり、この時期にもめ事を起こして日本国民の感情(同時に中国国内の人民感情)を荒立てたくないという配慮という事のようです。ところが、毒入り餃子事件の際には「このまま放置していればそのうち日本人はこの事件を忘れるだろう」と思っていたのがサミットの際に胡錦涛氏が来日した際に毒入り餃子事件についての日本人の関心は冷めていないという事が判り、慌てて対応を変えてきたという事のようです。
 実はこの毒入り餃子事件に関して、中国国内の知識層はインターネットなどの情報量から「どうやら中国政府の発表よりも日本側の報道の方が確からしい」と考えていたそうで、それだけ中国側の調査がいい加減だった(若しくは中国側がオリンピックを前にして国際的風評被害を恐れたためにでっち上げていたか)というのが判るのではないでしょうか。ところがここにきて、「誤魔化したり先送りにするよりも誠実に本当の事を伝えて真摯に対応している姿を見せる方が日本に対しては効果がある」という見解が中国でも認識され、発表に至ったと見ると分かり易いのではないでしょうか。正し、これはあくまでも海外向け(と言うか日本向け)の政策であり、そう言っている同じ口で国内向けには「ここにきてまた日本が毒入り餃子問題をオーバーに伝えている」とまだまだ誤魔化しを続けています。つまりはまだまだ二枚舌で国内世論を操作し、オリンピック終了後の対応の準備をここで進めようとしているのではないかと思っています。つまりね、オリンピックが終わったところで本音の部分では中国はたいして変わる事のないままになって国外メディアが引き上げたところで日本に対して強気でそれぞれの問題に対処しようと思っているのではないでしょうかね。
 中国政府もいい加減に本気で国際社会の一員として活動を拡げ、世界的な地位を占めたいと思うのなら、報道の自由や人権問題、問題を真摯に受け止めて情報を公開すると言う方向に行かなければ先は無いという事を理解しなければいけないでしょうね。さて、獅子身中の虫を本気で中国政府は片づける気があるのでしょうかね。


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煉獄の焔
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 晴れのち豪雨。 月齢11.7 十三夜月

 上の写真は琵琶湖の湖畔で撮った写真ですが、今朝、出勤途中で同じ種類のイトトンボを見かけました。最近イトトンボなんて見かけないと思っていた所でしたからなんだかとても嬉しい気分になれました。ところが、夕方からの集中豪雨で職場の周辺は水浸し。前の道なんかも20センチくらいの深さの川と化していましたし、駅前も冠水して車が立ち往生するとんでもない事態になっていました。私の知る限り、これ程広域の冠水は初めてで、この地域では近年珍しいものではないでしょうか。「ゲリラ豪雨」というそうですが、皆さんもご注意下さい。

 今年もまたこの季節になりました。8月6日。広島に人類初の核爆弾が投下され、一瞬にしてその地獄の業火により多くの尊い命が掻き消された日から63年が経ちました。私個人としては生まれる前の出来事で、親類縁者にも犠牲になられたり、被爆されたかたはいませんのでそれほど実感を伴った恐怖ではありませんが、それでも日本人としてこの日は決して忘れてはいけない日の一つだと思っています。
 広島や長崎に原爆を投下したB29のパイロット達は「戦争を早期に終結させるために必要な行動だった」と自らの原爆投下を肯定した上で、「これによって何百万人もの命が救われたのだ」といっています。私もこの話は知っていましたし、1人の兵士としての彼らには何ら責任はないと思っています。が、やはり、この原爆投下は戦争終結には不必要だったとも思っています。むしろ、この時期に原子爆弾を投下した真意は、戦後の世界構築にとってアメリカに有利な流れが出来るようにする事が原爆投下の真意だったのではないかと思います。戦後、放射能の影響に関する調査をアメリカの研究機関が大規模に行っていますが、これもアメリカは核兵器や原子力発電などの核利用が人体にどのように影響するのかというデータを集める最適の研究対象として長崎や広島を利用したというのが本当の所でしょうし、これは結果的にナチスドイツがユダヤ人収容所で行っていた人体実験や帝国陸軍が中国で行っていた人体実験とさして変わりのないものだったのではないでしょうか。人間というのはこれ程までに残酷で非情な事が出来ると思うと恐ろしくなります。そしてまた、それが人間の業なのかも知れません。
 亡くなった父は毎年8月になると魘されていました。父は終戦をラバウルで迎えた訳ですが、終戦直前のアメリカ軍の猛攻撃はとても激しく言語に絶えるものだったと言っていました。終戦後、オーストラリア軍による日本兵へのリンチは壮絶で、飛行場に日本兵を寝転がらせ、戦車でその上を踏みつぶして轢き殺すといった事もされていたようです。捕虜収容所に収容された後は戦前の英語教育を受けていた父は文盲のオーストラリア兵の代わりに物資のリストを整理し、物資の管理をさせられていたそうです。父にとっては戦車で戦友を轢き殺したオーストラリア軍と収容所で監視をしていたオーストラリア兵や別の存在だったのでしょう。それはちょうど戦前は「鬼畜米英」と教えられ、憎むべき対象として植えつけられていたにも関わらず、戦後の進駐軍に親しみを込めて駆け寄り、チョコレートやお菓子を貰って喜んでいた子ども達と同じような感覚だったのかも知れません。
 広島や長崎に落とされた原子爆弾だけではなく、東京大空襲や大阪大空襲をはじめ各地を火の海に変えたB29による絨毯爆撃など日本を煉獄の焔で焼き尽くした戦争が終わって63年が経とうとしています。日本人はこの半世紀を超える間に少しは賢くなったのでしょうか。それともまた、あの苦渋の轍を踏むような事をしてしまうのでしょうか。


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リハビリ難民
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 晴れ時々曇り。夜になって突然の雨。 月齢10.7 十二日月

 松本サリン事件の被害者、河野氏の奥様、澄子さんが事件から14年の闘病生活にピリオドを打つ形で亡くなられました。河野氏は「わが家にとっての松本サリン事件の終わる日というのは、妻が治った日、あるいは死んだ日。ですから松本サリン事件は、これで終わった日になる。そんな位置付けになると思う」とのコメントを発表しています。あれから既に14年が経った訳ですが、麻原彰晃はいまだに生きていて、その上なんとかして罪を免れようと必死です。皮肉な話ですね。

 もう今週末には北京オリンピックが始まる訳で、そういう意味でも時間の経過のなんと早い事かと改めて感じています。ところで北京の大気汚染は幾分ましになったのでしょうか?水の問題は大丈夫なのでしょうか?交通規制のおかげで余計に大渋滞が発生したりしているという話しと、ナンバーで北京市内に入れる車を規制しているというのにそんな事お構いなしとばかりに平気で対象外番号で乗り入れている人たちも沢山いるようで、中国人の公共マナーは一朝一夕には良くはならないという事ですね。という事はまだまだ平気で道で痰を吐く人とかも沢山いるんでしょうね。う〜ん、流石中国 4000年の歴史。
 北京オリンピックの浮かれ騒ぎでチベット自治区の問題や新彊ウイグル自治区の問題、それから、四川大地震の震源地周辺の少数民族の問題なんかが完全に掻き消されてしまって見えなくなっているのが気になっていたんですよね。これは意図的に中国政府がこの辺りの問題を煙に巻いてしまおうと思っている証拠で、きっと触れられるとマズイ事が沢山あるんでしょうね。と、そんな事を思っていると、またもや新彊ウイグル自治区でテロ騒ぎです。この警官隊襲撃事件、海外向けには「テロ攻撃が疑われる」と報道しているのに対して、国内向け報道では「重大な警察襲撃事件」とだけ伝えるに留まっていて、事の真相を伝えるというホントに大切な報道の姿勢というのがそこに存在しないというのがよく判ります。16人が死亡し、16人が負傷したこの事件を、中国が何を怯えてこういう扱いでしか紹介しないのかを考えると、中国が抱える大きな問題が見えてくるのではないでしょうか。海外向けには「テロの可能性が高い」としながらも、テロ組織はそれほど大きくなく、しかも事前にオリンピックに対して反対の意思を持つ集団がそれほど大きくはなく、脅威ではないと海外からの観戦客が離れてしまわないようにしているんでしょうね。あ、今流れたニュースによると、この事件をテロとして認定したそうです。この事件を取材していた日本のメディアのカメラマンが武装警察により連行され暴力を受けたとか。武装警察の幹部による謝罪があったそうですが、メディアは「報道の自由は守られるのだろうか?」なんてまるでトンチンカンな事をいっていますが、そもそも中国に報道や発言の自由なんていうものはない訳で、「報道の自由は守られるのか」なんていう事をいっている事自体が中国という場所を理解していない証拠なんじゃないでしょうかね。そんなものが守られるような国なのなら、そもそも新疆ウイグルにせよ、チベット自治区にせよこんな問題にはなっていないという事に気が付くべきですね。つまり、これこそが中国という事ですよ。どうしてこんな簡単な事が判らないのか、それが不思議で仕方ないですね。

 内閣改造で福田政権になって初めて支持率が上昇したとかでメディアでは大騒ぎをしているようですが、支持率向上を目指した組閣ならこの内閣はたいしたことないという事じゃないでしょうか。ま、その辺り、当然チョットは周りが見えている人たちは気が付いている訳で、「支持率向上を目指した訳ではないから………」という事をいっているようですが、これからが正念場という事になる訳で、さて、新内閣はどういう動きをいつ頃から見せてくれるのでしょうか。
 そんな事とは関係なしに実は世の中は動いていて、当然ですが、旧体制の時に閣議決定していたり、国会を通過していたりっていう施策はどんどん実現されていっている訳です。そんな中に、リハビリの問題があります。
 ご存知の通り、厚労省の昨今の施策の中心は「費用の抑制」を目指したものになっています。ですから、介護保険も介護報酬を引き下げ続け、とうとう真面目に利用者本位で経営している介護保険事業所の多くは経営が苦しくなり、人件費を削るか、より多くの利用者を無理して取り込むかしかないという状況に追い込まれています。その結果、確かに厚労省の目論見どおり、費用の抑制は出来ているかも知れませんが(実際のところ大して効果を上げている様子ではありませんが)、デイサービスやデイケア、また、訪問介護を利用していた人たちが結果的に当初の介護保険の目指すところとされた「自由に選べて自由に使える」というものからは大きくかけ離れ、自立を支援するという制度としてはあまりにもお粗末なものに成り下がってきています。
 実は、この費用抑制は介護だけではなく、医療の面でも厳しく引き締められています。これらは少子高齢化社会になって費用を負担する人間が減っていく中で制度を利用する人間が増えているという状況によって引き起こされている訳(というのが政府の言い分)ですが、結果として大きな高齢者や障害者虐めが発生しています。
 脳血管性障害などでマヒや後遺症が残った患者には長期に亙るリハビリが必要になる訳ですが、政府は長期に亙ってリハビリを続けても回復の見込みが見れない患者に対してリハビリを続ける事に意味が無いとして期限を設けてそれ以上はリハビリを受けられなくするという政策を始めています。つまり、「いくらリハビリをしても無駄なので無駄な費用は出さない」という事のようです。詳細を見ると、効果を見込めないリハビリを続ける事を抑制させる為としてリハビリの日数を最大で180日としたのが2006年。昨年には医師の判断で改善の見込みがあれば延長出来るとしたものの、今年の改正で延長は出来るが1回20分で1ヶ月13回までという制限を付けています。また、今年10月からは病院にも成果主義を導入し、リハビリ患者の退院率が6割を超えなければ診療報酬が引き下げられるという事になります。
 そもそもリハビリをどういう位置付けにしようとしているのかというのがとても重要な定義になる訳ですが、高齢で脳血管障害などを発症した場合、そもそものポテンシャルが下がってしまっている状態で後遺症を発症する事になる訳ですからリハビリの効果が劇的に現れるという事はむしろあまり期待出来ません(脳梗塞などの卒中の場合は発症から手当をするまでの時間が大きくその後に影響する訳ですが)。私の母も、脳梗塞で倒れた時、医師からは「歩く事どころか立つ事も、あるいは座る事も難しいかも知れない」と言われていましたが、発病から4年、なくなる前の母は医療機関とデイサー日スン両方をフルに使ってリハビリを続け、亡くなる前には座る事のみならず、単独でつかまり立ちが出来る所まで回復していました。
 リハビリの効果というのは回復するという事だけではなく、症状の進行を和らげるという事にも寄与しています。つまり、回復しないからといってリハビリをやめると、益々悪くなる事が多いという事を考えると、リハビリを何の根拠もなく180日以上する意味は無いだなんて発想はそもそも対象となる人達や現場を見ていないと言う事ではないでしょうか。厚労省はこの日数制限について何ら問題はなく、今後も改正する予定はないとしています。この国は一体何処を向いて進もうとしているのでしょうか。


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この国を導く人達?
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 晴れ。 月齢1.7 三日月

 漫画家の赤塚不二夫氏が肺炎で亡くなられました。享年72歳。手塚治虫氏の漫画に感動し、漫画家を目指し、「トキワ荘」で故石ノ森章太郎氏らと共に多くの作品を発表。天才バカボンや秘密のアッコちゃん、もーれつア太郎など独特の世界観やギャグセンスを展開し、一世を風靡しました。私の子どもの頃の漫画には欠かせない人だった事は間違いありません。御冥福をお祈りいたします。今頃石ノ森章太郎さん達と「トキワ荘ごっこ」でもしているのでしょうか。

 NASAが火星に水が存在すると断定しました。これは、地球外天体では初めての事(水が存在すると思われている天体は無数に存在していますが、存在そのものを確認した例は火星が初めて)で、火星の地理的特徴の一つとされる運河や河川のあとを説明する根拠が完全に証明されたと言っていいでしょうし、いつの時代かに火星に生命体が存在していた(或いは今も存在しているかも知れない)可能性が非常に高くなりました。とはいえ、いわゆる「知的生命体」の存在はおそらく不可能なんでしょうね。でも、もしかしたら数億年前にはある程度発達した生命体が存在していて、運河を利用していたなんて事もあったり無かったり…………。

 福田首相は繰り上げで内閣改造人事を発表しましたが、首相曰く、第二次福田内閣は「安心実現内閣」なんだとか。派閥の勢力バランスをしっかり見据えて全派閥から内閣入りをしている辺り、小泉氏のやった自民党潰しからもはや抜け出して旧態然とした自民党に帰りつつあるという象徴的な組閣と言えるのではないでしょうか。それにしても、麻生氏が幹事長を引き受けたっていうのは意外でしたね。
 新内閣には「安心プラン」もさることながら、景気対策にもしっかりと力を注いで頂いて、国民1人一人が実感のもてる好景気を何とか作り出してもらいたいものです。が、どうやら経済政策の面では増税派の人たちばかりの様子で、消費税を中心とした増税路線を既定路線にしようという魂胆が見え隠れしていますね。早速、数人の大臣が色々なコメントを発表しているようですが、今回の法相は昨今議論されていう死刑廃止の変わりとして終身刑を設けてはどうかという話に対して「希望のない、真っ暗なトンネルを歩いていくような刑はあり得ない。日本は恥の文化を基礎とし、潔く死をもって償うことを多くの国民が支持している。(終身刑は)残酷で日本の文化になじまない」として反対の立場を表明しています。ま、このコメント自体は色々と突っ込み所があるコメントですが、死刑を廃止する事に対して反対の立場を表明しているという点は評価すべきではないでしょうか。それにね、終身刑といっても、これも「恩赦」が出た場合には無期になるのでしょうし、そうなれば20年も経たないうちに出所するという事になるのでしょうからどうかと思いますね。終身刑ではなく、むしろ有期刑でアメリカのように「懲役400年」とかっていうとんでもなく長い刑期設定をするという事の方が良いんじゃないでしょうか。もちろん死刑は廃止なんてせずにですけどね。新法相もおそらく鳩山氏と同じように死刑執行命令を出す人でしょうから、死刑執行が今年はまだまだ続くのではないでしょうか(私はそれが正しいあり方だと思いますけどね)。
 息吹新財務相は「長い期間、政策を実現しようとすれば恒久財源がいることは当然だ」と、増税に対する考え方を述べています。また、税の方式に関しても具体的な言及は避けていながら、暗に消費税の増税という方式を臭わせています。これ自体、間違った事を言っているとは思わない訳ですが、現在の消費行動の減退は多くの国民が収入の減少と物価の高騰で疲弊している事を表している訳で、これにまだ消費税を引上げるというのは低所得者層に対して死ねといっているのとたいして変わらない効果を現す事になるでしょう。これ