川辺のタヌキ
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  • 大阪で活動している手話通訳者。大学で芸術学部に在籍するもなぜか福祉分野へ。
    芸術を愛し、人との関わりを愛するお人よしです。
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コミュニケーションスキルを磨けない社会
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 晴れのち曇り。 月齢14.3 十五夜

昨日、 1988〜89年頃に幼い女の子を相次いで誘拐、殺した上に遺体のビデオを撮るなどの猟奇的な犯行を繰り返していた事件の犯人宮崎勤の死刑が執行されました。あるマスコミなどは「秋葉原の事件が引き金になって犯罪抑止の意味で執行したようだが抑止的効果には疑問が残る」だとか、アムネスティや死刑廃止論じゃの中には「世界の流に反する人権蹂躙の行為」と言ったような事をいっていますが、世界がどうであろうが日本では合法的な刑。死刑が決定している死刑囚の刑の執行をするのは当然の事ですし、死刑が確定しているのに執行しない方が抑止的効果が無くなると私は思いますね。「人権蹂躙」との声もありますが、そもそも、被害者の人権を蹂躙して殺した犯人の人権を尊重するというのであれば、被害者の人権はどうすればいいのでしょうか。「目には目を」ではありませんが、人を殺すというもっとも酷い人権蹂躙をした犯人にはそれ相当の刑として死刑が妥当だと私は思いますね。また、死刑囚を一年間養うにはおおよそ230万円の経費がかかるそうです。それだけの税金の無駄遣いを続ける事にどんな意味があるのでしょうか。
 鳩山法相の唯一評価できる点は粛々と死刑を執行しているという点ではないかと私は思っています。司法において厳粛に判断された刑である死刑をその頂点たる法相の一存で執行しないまま放置し続ける事こそ背任行為ではないでしょうか。ただね、「慎重に検討した結果、絶対に誤りがないと自信を持って執行できる人を選んだ」とコメントしているようですが、これが余計な事ですね。そもそも「絶対に誤りがあってはならない判決」が下りている訳ですから、間違いがないというのが大前提になっている訳です。それを「絶対に誤りがないと自信を持って執行できる人を選ぶ」というのは裁判所や裁判官、また、裁判そのものを信用していないという事の裏返しでしかないでしょ。もっと言えば、じゃ、これ以外の死刑囚は冤罪の可能性があるという事なんでしょうか。この人、どうしてこうもバカなんでしょうか。

 この宮崎勤もですが、周囲との人間関係の形成に困難を抱えていた訳で、近年のこういった犯罪はコミュニケーションスキルやソーシャルスキルの低下が関係しているのではないでしょうか。では、コミュニケーションスキルやソーシャルスキルの低さは何処に起因しているのでしょう。今日はこの部分をもう少し考えてみたいと思います。
 「一度もケンカした事が無いくらい仲が良い」これ、本当でしょうか。そもそも違う人間同士が全く意見が食い違わないでいるなんていう事はあり得ない事で、正しくは「一度もケンカになった事さえないほど親密ではない」という事なのではないかと私は思っています。親密になればなるほど違う点が目につくのが当たり前で、だからこそ、話しをし、確認したり違っている理由を探ったり、違いを埋めたり、違いを理解し合ったりという事を繰り返していくのだと思います。彼らはそういった事はせずに表面な関係だけを築く方法ばかり上手くなり、ケンカをしたり意見がぶつかったりしながら本当に相手がどう考え、どうしたいのかを理解しあうというような面倒な事をしてこなかったのではないでしょうか。コミュニケーションとはそういったTry&Errorの中で学ぶ技術で、彼らはこういった技術を修得する機会を持てないままに育ってしまったのではないでしょうか。近年の人間関係の特徴はとても調子の良い波長のあった人間と関わりを作るが、決してあまり深入りしないという事が多いのではないかと思います。また、相手が自分と違う意見を言い始めると適当に相づちを打ってお茶を濁してしまうか、その後はその相手とは会わないようにしてしまうなど、相違点から逃げるようにする事が多いように思います。本来ならこの相違点がどういうモノでどういうところに拠って立っているのか、お互いが相手との相違点を確認し、理解する事が相手を尊重する事だと私は思っているのですが、近年の傾向はそうではないようです。こうやって逃げる事でコミュニケーションスキルやソーシャルスキルを磨く事をしないという選択をしているように感じます。
 反面、インターネットや情報端末などの進歩はコミュニケーションメソッドをどんどん多様化し、簡単にまったく見ず知らずの人と会話が出来たり関わる事が出来たりする環境を作り出しました。が、そもそも、現実世界でまともに周囲の人との関係性の形成が出来ない人にネットやヴァーチャル世界での人間関係が形成できたり維持できたりする訳がないんですよね。
 ところが、ヴァーチャル空間なら何でも相談できると思い込み、全く知らない相手に色々な事を相談してみたり、打ち明けてみたり、人間関係を求めたりする反面、ちょっと嫌な人が出てきたらすぐにその場から逃げてアクセスできないようにしたり、問題から逃避してしまう訳で、ヴァーチャルコミニティに対して過大に期待をしていたり、大きな勘違いをしてしまっているのではないかと思います。
 コミュニケーションスキルやソーシャルスキルを高めるには実際に人と関わり、話をする事こそが大切なのではないでしょうか。


テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

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